文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

ストロングゼロ(puzzzle)

 昔、飛び降り自殺って地面に近づくほど体感時間が指数関数的に伸びて、アスファルトと額すれすれの時間が永遠につづくのではないだろうかと思っていた。
 案の定、目の前にはアスファルトがある。俺は腕を組んで唇をとがらせる。俺の解釈する世界は全てが凍てつき、漆黒のごつごつとした地面だけが唇の先に広がっている。
 生まれた時から既に死にうる存在ではあることは決まっていた。そして、実感として死と関わることができないことも。
 ここは死の直前であると同時に生の直前である。ブラックホールの先にホワイトホールが覗ける。遂にたどり着いた事象の地平面。俺は見かけ上の速度を失った。あと一押しの力が必要だ。それが何かと考えている。どうやら俺の中には時間が流れている。死にたくなるほど醜い身体だってまだ形をとどめていた。
 見かけの時間が止まった以上、誰かに助けを求めることはできないだろう。この俺に力を加えるものは俺以外にない。この世界を丸飲みにして、次の世界を創造する大きな力。一本の管に過ぎない俺の身体から発せられる力。それは放屁であると確信している。
 俺は尖らせた口にエネルギーを集約させる。最後の可能性をめがけてこの凍てついた世界を回収しはじめる。吸引力の変わらないただ一つの俺。これまで俺の前に立ち現れてきた全てを胃の府に収める。極度に圧縮された世界が自らの重力によってさらにつぶれていく。
 まずいよ。
 このままでは俺と世界は一点に集約され、限りなくゼロに近づく。この収縮に打ち勝つ斥力が必要だ。口を尖らせていれば、ふと妻の言葉を思い出した。彼女は俺の唇を奪ってはこう言った。
 柔よく剛を制す。
 斥力など要らない。俺はただ肛門を弛めるのみ。そして、強大な力をしなやかに解放する。世界は急激にインフレーション。俺という管を抜けたものたちが肛門から吹き出した。10の7乗℃を超える高温のビッグバン宇宙が産声を上げる。
 嗚呼、どんな惨めになろうと、もう一度、妻に謝りたい。
 そこから138臆年という時間軸に跨がり、俺は新たな生を求める。