文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

キツネがはなし(七寒六温)

もう、この話を誰かにするのはやめようと思っていたけれど、やっぱり結婚するんなら話しておくべきだよね……

 

僕は来月結婚を予定している。
結婚とは僕が思うに、苗字以外にも様々なことを共有することだと思う。それは、知られたくないような性癖や過去の過ちなどもパートナーの人間に話す義務があるし、パートナーの人間は聞く権利がある。

 

本当は言いたくないんだけどね。全然気持ちが乗らないんだけど……

 

「僕は、12歳までキツネに育てられた」
こんな話をしたところで、前のめりになって話を聞こうとしてくれる人は、2割程だった。

 

前のめりに聞いてくれるタイプは大きくわけて2種類。理解力に乏しい人間か、自らの好感度を上げたいがために話を聞いているふりをしている人間のどちらかだ。

後者の場合は、こちらもテキトーに話をしておけば済む。頷いてはいるがどうせ話は聞いていない。頭の中では、「今日の夕飯は、何を食べようかな?」なんてことを考えている。家に帰って用を足したら綺麗さっぱり忘れることだろう。

 

だが、前者の場合は対応が難しい。
理解力が乏しいため、
「僕は、12歳までキツネに育てられた」
なんて話をすると、変わった解釈をする。

 

「えっ? じゃあお前はキツネなの?」
「すっげーじゃあ何かに化けてみて。そうだ タンクローリーがいい、タンクローリーに化けてみてよ」
キツネに育てられたとは言ったけど、僕がキツネだとは一言も言ってない。

 

「えー。じゃあ ちんちんの代わりに尻尾が生えてんの?」
尻尾は生えていない。それに、尻尾に尿を出す機能はない。それ故 オスキツネにはちんちんも尻尾も生えているだろう。

 

その度に
「キツネに育てられただけだから、体の作りは君たちと何一つ変わらないよ」
そう説明しなければならなかった。

 

「嘘をつくなよ」と笑われるか、聞いていないのにテキトーに「はい」「すごいねー」と相槌を打たれるか、キツネだと認識されるかのどれかで、もう対応するのも面倒くさくなった。この話をしても全く面白くない、変に僕が傷付くだけで終わる。

 

最初は、軽い相談のつもりだった。
小学校という楽しい記憶がないことを誰かに知って欲しくて、その話をしたつもりだけれど、そこを指摘してくれる人はいない。

それならもう誰にも話さなければいいんだ。そう心に決めた。話す必要なんてなかったんだ。キツネに育てられたことを周囲に教えなかったら罰則が与えられるわけでもない。13歳からは、人間の父親と母親に愛情を持って育ててもらったため、日本語は話せるし、食事もいたって普通。見た目も中身も何一つとして、人間と変わりはないから気づくものもおそらくいない。

 

どうやって切り出そうか……
彼女にどのように説明すれば分かってもらえるだろうか。

 

育てられた経緯から話すべきか……
といっても物心ついたときは母親はキツネで、草原に住んでいたのだから。
不思議なのは、気付いたら自然と日本語は話せていたし、四則演算や漢字の読み書き、小学校卒業程度の勉強はある程度は出来ていた。

 

今まで通り、「僕は、12歳までキツネに育てられた」過程だけ話すか。

経緯より結果が重要だろう。まあ、そんなことを考えているけど、彼女が前のめりで話を聞いてくれるとは限らない。


「嘘でしょー」と軽く流される可能性もある。そもそも過去の経験から、前のめりで話を聞いてもらえる確率は20%。5人に1人は多いようで少ない。

 

「嘘でしょー」なんて軽く流されるのなら、それはそれでいいのか。それ以上説明する必要はないだろうし、一応 秘密は共有したことになる。こちらが意図的に隠したわけではないし、この時点でミッションはクリアしている。

 

 

「大事な話がある」
あらかじめ、そうとだけ伝え、僕の住んでいるアパートに彼女を呼んだ。下準備が出来ている方が彼女も受け入れやすいかなと。

「お化け屋敷です」って言われて入るお化け屋敷と、何も言われずただの屋敷と思って入ったらお化け屋敷でした。どちらがより怖いかは考えなくとも分かる。

 

天真爛漫な彼女は、ニコニコとしてアパートに来た。

「吉岡君が大事な話があるって言ったから、ツナマヨおにぎり買ってきたよ!本当は明太マヨおにぎりが欲しかったんだけどね。売り切れてた!」
彼女は少し抜けている所がある。そこも彼女の魅力の1つではあるが、理解力の乏しい人間たちのように意味の分からない質問をしてくる可能性があがった。

 

「大事な話って言われたけど……」
「確認だけど、私ってプロポーズされたよね? 大事な話って言えばプロポーズか赤ちゃん出来たってくらいでしょ? 吉岡君はさすがに赤ちゃんは出来ないよね?」

 

「うん、プロポーズはした。プロポーズをして、OKしてもらったからこそ聞いて貰いたい話があるんだ!」

 

「実はね……」
「僕は、12歳までキツネに育てられたんだ……」

沈黙になる前に僕はこう続けた。
「キツネに育てられたってだけで、僕は完全に人間だから、他の人たちと何一つとして違いはないんだ」
「おしゃれはするし、食事は1日3食普通に食べるし、お風呂にもはいる。君も知っているように生殖機能にも全く問題はない」

 

「今まで隠していたのは悪かったと思っている。けれどこのことで嫌な思いをしたことが何度もあったから簡単に言い出すことができなかったんだ」

 

「そ、そうなんだ……」
僕が想像していた反応とは違った。
ああ、彼女も信じていないって事か……
彼女のこの反応はいたって普通のことなのかもしれない。今までだって8割の人はそう言う反応だった。ただ、彼女が今までの人と違うことが1つだけある。彼女は、僕を冷ややかな目で見たりはしなかった。

 

すると彼女は、優しそうな目でこちらを見つめてこう言った。
「別に、信じていないわけじゃないからね。吉岡君が真面目な顔でそう言うんだから嘘ではないと思うけど……」

 

「いいんだ。信じてくれる人なんて今までもそういなかった」

 

「違うのそうじゃないの……」
「私もだから……」

 

「わ、私も……?」

「私も吉岡君にはずっと黙っていたんだけれど、私のおじいちゃんユニコーンなんだ。ユニコーンと人間のハーフのお父さんと純人間のお母さんから生まれたのが私」

 

「ユ、ユニコーン?」
「麻理ちゃんのおじいちゃんの名前って、もしかして たみ……」

 

「健三だよ」

「健三……」
「そ、そうなんだね~」
彼女の言うユニコーンはあっちの方ではなく、こちらの方か。

 

「今まで黙っていてごめんね。だけど、ユニコーンの血は薄いみたいで、私は見た目も中身もほぼ人間」
さすがにこれは、嘘ではなかろうか……
僕に合わせてわざわざこんなことを言ってくれてるんじゃないだろうか彼女は。ユニコーンってそもそも空想上の動物だから、嘘をつくには無理があるよ。

 

「でも、お義父さんとは会ったことあるけど、とてもユニコーンとのハーフには見えなかったけど?」

 

「それは、お父さんは、ユニコーンの血が2%、人間の血が98%だからユニコーン感があまりないんだよ」

 

「あとね私、実はね……そうじゃないかなって思っていたの。よくよく考えたら、吉岡君ってキツネ感あったよ」
「まず、面長で、細くつり上がった目っていう典型的なキツネ顔。それに油揚げが好きだし、吉岡君が外に出ると、晴れてるのに、雨が降ってくることよくあったじゃん」
「もしかしたらキツネの血が混ざってるんじゃないかなって思っていたけど口には出来なかった。こんなことを言って嫌われたくなかったから」
そう言われると、よく見たら彼女もキツネ顔だ。歴代の彼女も総じてキツネ顔だったな。知らず知らずのうちに、育ての母に似た顔の人を好きになっていたのか。

 

「ありがとう……麻理ちゃんくらいだよ。そんな風に言ってくれたのは」
「僕は、君を好きになってよかった。それにこのことを話してよかった」

 

「そんな~照れるな~」
「でも……私もだよ~ん」
キツネに育てられた僕とユニコーンのクォーターである彼女。そんな似ている僕らは2ヶ月後の大安の日に結婚した。勿論、婚姻届は何の問題もなく受理された。これから楽しい新婚生活が待っていると思うと、楽しみで仕方がない。

 

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とある病院にて……

「最近、増えたのよ。君みたいなタイプ」
「自分はティラノサウルスの末裔だーとか、自分はメスの河童と付き合っていたことがあるんだーとかいう患者。それで、 君もその1人ってことね」

 

「違いますよ。僕は本当にカラスなんです。見た目は人間ですが、れっきとしたカラスです。嘘はついてません」

 

「じゃあ、君は空を飛べるの?」

 

「飛べません。空は飛べませんが、視力はいいです。最近はゲームのしすぎで落ちてきましたが、まだ7.0 ほどはあります」

 

「はいはい。こないだも君みたいなのいたよ。自分は死神だーとか言ったと思えば、この病院内に自殺を考えている人間がいるとか言ってきてねー」

 

「だから、その人は偽物かもしれませんが、僕は本当にカラスです」
「だからきっとこれは、人型のインフルエンザではないと思うんです。カラスとしてそう感じるんです。もう1度しっかり検査して下さい」

 

「はいはい、なるほどね……大丈夫だから。万能なお薬を出しておくから朝昼晩 飲み忘れのないように飲んでね」
「あ……この薬は、ツチノコの尿から取った成分が含まれているから、よく効くよ」
そう言うと先生はいたって普通の錠剤を患者に渡した。