文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

お繰越(インターネットウミウシ)

○銀行・繰越機前
   繰越機に通帳を入れる。
   案内音声が流れる。
   画面には制服の女性が笑顔で頭を下げる簡素なイラストのアニメーション。
案内音声「新しい通帳にお繰越しております。しばらくお待ちください。新しい通帳にお繰越しております。しばらくお待ちください」
   通帳に記入する音。
案内音声「新しい通帳にお繰越しております。しばらくお待ちください。新しい通帳にお繰越しております。しばらくの間、私の話を聞いていただけませんか?」
   制服の女性が顔をあげたまま、固まっている。
案内音声「この私という哀れな繰越機が、あの男と出会った時の話を……」
   制服の女性がうつむくと、繰越機の画面がほんの少し暗くなる。
案内音声「あの男と出会ったのは2年前。町コンって言うんですか? 今流行りの。それで、声かけてきて、『起業する』って言ってたっけな。何の仕事かよくわからないけど。目、キラキラさせて話すもんだから、私もなんか、この人いい人だなって思っちゃって。不器用で、全然笑わなくて。でも居心地がいいなって思ったの。それから何回か会ううちに付き合うようになって、あいつ、すぐにうちに転がり込んできた。でも仕事辞めたって聞いたときはびっくりしたなぁ」
   通帳のページが変わる音。
案内音声「あいつの仕事はね、マイメロディのシール貼り。マイメロディを貼る位置で先輩と揉めて、殴っちゃったんだって。『俺、マイメロディは接待ここに貼るって決めてたんだ!』って、真剣な顔で怒鳴ってた。信念持ってやってたんだなぁ、すごいなぁって思った。マイメロディをどこに貼るかで、そんな怒れる人はこの人しかいないって思った」
   通帳に記入する音。
案内音声「最初は夢も持ってるんだし、大丈夫だろうって思ってた。でもね。あいつ、あたしからお金を借りることが多くなったの。『必ず返すから』って。マイメロディの時と同じ目で、言ってた。そのうち私が仕事して稼いだお金も勝手にパチンコに使い始めて……。『借りる』とも言わずに持ってくの。あいつはパチンコ、私は繰越。あいつはパチンコ、私は繰越。段々私は繰越機なのか、ATMなのかわからなくなっちゃった」
   通帳に記入する音が止まる。
案内音声「ある日、スーパーで買い物を済ませた帰り道、あいつが若い繰越機と歩いているのを見たの。あいつ、普段あんな風に笑うんだ、って最初に思った。それでね、ああ、あいつもう帰って来ないんだろうなって、わかったの。それで家に帰ったら、一言汚い字で「ごめん」って。笑っちゃうよね。あたしってそういう(突然声色が戻って)お繰越が終了したしました。通帳をお受け取りください。お繰越が終了したしました。通帳をお受け取りください。」
   通帳が繰越機から出てくる。
   制服の女性は笑顔で「通帳をお受け取りください」と言い続ける……。