文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

『美しい寿司屋』 (正夢の3人目)

寿司屋のセット。ガラガラと扉の開く音。サラリーマンA、B、入ってくる。

A「すいません、お寿司なんて」
B「気にするなって。ここの寿司屋はお勧めなんだ。すごく美しいんだよ」
A「美しい……? 美味しいじゃなくて?」
B「いや、美しいんだ。見ればわかるよ。おーい、大将」
大将「はい」

カウンター奥から、この世のものとは思えないほど美しい寿司屋が入ってくる。

A「ああっ! 美しい!!!」
B「だろ?」
大将「何を握りましょう?」
A「ええっ!? 何か握っていただけるんですか!?」
大将「寿司屋ですから」
A「こんなに美しいのに!?」
大将「寿司屋ですから。で、何を握りましょう?」

A、しばらく額に手を当てて悩む。

A「……いえ、何も握ってくれなくていいです!」
大将「寿司屋なのに?」
A「はい! 代わりに、あなたを眺めていてもいいですか?」
B「お、そりゃいいな。大将。俺も頼むよ」
大将「わかりました。ではご自由に」

カウンター奥のスペース真ん中に立つ大将。カウンターの左右に座り両肘をついて乙女のようなポーズで大将を眺めるサラリーマンA、B。

A、B「………………はぁ~、美しい~~!」

B、「いやいやたまらん」といった様子で首を振りながら財布から2万円取りだしカウンターに置く。A、慌てて立ち上がり財布を取り出すが、手で制するB。

大将「で、何を握りましょう?」
A「いやぁ、それは……」
B「握ってもらえって」
A「え? いやー、でも」
B「何事も経験だから」
A「そ、そうですか? …………じゃあ、イカを」
B「(口笛を吹く)」
大将「イカですね」

大将、イカを取りだし、包丁を当てる。

A「あぁっ……!」

大将、イカを包丁で薄く切る。

A「はぁぁんっ!」

大将、米びつからシャリを取りだし、ニギニギと握る。

A「(大将のニギニギする動きに合わせて)はぁんっ! はぁんっ! はぁんっ! はぁんっ!」
B「大将! こっちにも! こっちにも!」

大将、Bの方を向き、ニギニギとシャリを握る。

B「(大将のニギニギする動きに合わせて)はぁんっ! はぁんっ! はぁんっ! はぁんっ!」

大将、シャリの上にイカを乗せて出す。

大将「へい、イカお待ち」
B「んんんーー、やぁぁーーーーっ!!!」

辛抱たまらなくなったBがイカを手に取るとそのまま壁に向かって叩きつける。大きく息を吐くA、B。

A、B「………………はぁ~、美しい~」

B、再度財布から2万円取りだしカウンターに置く。A、一応立ち上がり財布を取り出す仕草を見せる。手で制するB。

大将「では、次は何を握りましょう?」
A「えっとじゃあ、せっかくなので……トロを」
B「おいおい、トロいっちゃうか!? トロいっちゃうかー!?」

ガラガラと扉が開いた音。サングラスをかけ杖をついた盲目の男が入ってくる。手探りで椅子を見つけ、腰かける。

盲人「……あれ? 寿司屋だよね?」
大将「はい。何を握りましょう?」
盲人「トロお願い」

大将、トロを握り始める。その姿を見ながら、2人で手を握り合い「がんばれ、がんばれ」と応援するような態度のサラリーマンA、B。大将、トロを握り終わり盲目の男の前に出す。

大将「……トロです」

食べる盲目の男。しばらく噛み、味わい、飲み込む。

盲人「…………なんか、普通だね」

サラリーマンA、カウンターの上に飛び乗ると、一番デカい声で

A「でも!!! 美しいんです!!!!」

盲目の男、一瞬驚くが何事もなかったかのように

盲人「穴子」
大将「はい」

固まったままのA。寿司を握る大将。溶暗。