文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

蟹の内輪差(にかしど)

(まえがき)

忙しさのあまり蟹の並ぶ列に横入りした。忙しさのあまり蟹の不器用さに薄笑いを浮かべた。忙しさのあまり蟹を剥かずに食べた。忙しさのあまり前しか見られなかった。

そんな激動の日々から一変した。方々から、感染症拡大防止のため外出を控えるように強く言われた。幸か不幸か、暇ができた。心に余裕が持てた。

蟹と向き合った。今までの時間を取り返すように蟹と向き合った。僕がボクシンググローブをはめ、申し訳ないほど蟹にジャンケンで勝ち続けた。お互いがお互いの不器用さを笑い合った。蟹と向き合った。ホコリをかぶった数学書を引っ張り出してきて、蟹の内輪差を導き出した。蟹と向き合った。蟹とはこんなにも美味しいものなのか、夢中になっていただいた。蟹を剥き割った。

ザリガニの交尾の動画を寝食を忘れ見続けた。ガニと向き合った。

蟹と、蟹と、蟹と、蟹と、蟹と、ガニと、蟹と、ガニと...

部屋の片隅に蟹の食い殻がつみ重なっている。飼い慣らせないほど膨れ上がる退屈さ。くだらない感情だと思う。

崩れる落ちる食い殻。転がる食い殻。蟹のピース。

 

 

にかしど