文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

死んだおばあちゃんの夢(さくさく)

「死んだおばあちゃんが、夢に出てきてくれなかった、って話なんだけどね」と言いながら、彼女……B子さんは、ホットココアにグラニュー糖を入れてかき混ぜた。

「いや、出てこなかったんかい」

 そこは、死んだおばあちゃんが夢に出てきて、あれこれ言われるのがよくあるパターンってやつなのでは? と、紙おしぼりをくしゃくしゃと丸めながら私が言うと、B子さんは困ったように笑ってから、詳しく説明してくれた。

 以下は、その記録である。

 東北地方のとある田舎町の病院に入院していたB子さんのおばあちゃんは、2020年の1月下旬、眠るように亡くなったそうだ。享年、92。記録的な暖冬により道路や田畑には雪がほとんど積もっておらず、春の訪れと勘違いした水仙が小さな芽を出しはじめていた、冬の朝だった。

 親戚、隣近所、おばあちゃんの知り合いの人々に、亡くなりましたと連絡をして、残された家族はそこから大忙し。お葬式はおばあちゃんが生前暮らしていた家で営まれる事になり、葬儀会社との打ち合わせや、法的な手続きと書類の準備、お坊さんへの連絡、弔問客に出す食事とお酒の手配などが進められていった。

 知らせを受けて、お葬式の準備が進むおばあちゃんの家に一番最初にやって来たのは、B子さんのいとこにあたり、おばあちゃんと同じ町に住んでいた孫娘、A子さん。

 生前、おばあちゃんは孫の中でも、特にA子さんとB子さんを可愛がっていた、という。

「たぶん、女孫が生まれて、嬉しかったんだと思う」とB子さんは語った。彼女によると、おばあちゃんの子供達(A子さんとB子さんの親にあたる)は、男ばかりだったらしい。

 一方で、B子さんはおばあちゃんの家から約150キロメートル離れた、宮城県仙台市に住んでおり、仕事や家庭の都合もあってすぐに駆けつける事ができなかったという。

 納棺や火葬、通夜などは地域によって順番が異なる。どうにか仕事を中断し、仙台駅始発の新幹線に飛び乗ったB子さんがおばあちゃんの家に到着したのは、火葬が終わった後だったそうだ。

「死んだおばあちゃんのお顔は見られなかったの」

 その後もお葬式は進み、精進落としも済ませて、おばあちゃんのお葬式は終了となった。A子さんとB子さんは席を立つ弔問客に挨拶をし、お葬式の片付けを手伝いはじめた。

 その片付けの最中に、ふと、思い出したようにA子さんが呟いたのだという。

「そういえばさ、火葬の前日の夜に、死んだおばあちゃんが私の夢に出てきたんだよね」

 はっきりとは覚えていないが、夢の中でA子さんは死んだおばあちゃんといくつか言葉を交わしたという。おばあちゃん、最期にお別れを言いに来てくれたのかな、とA子さんは語った。それを横で聞いていたB子さんは、次の瞬間、わっと泣き出してしまったという。

「おばあちゃん、私のところには出てきてくれなかった!」

 その日の夜、B子さんは夢を見なかった。抑えていた悲しみが、堪えていた涙が溢れ出す。どうしてどうして、とB子さんは子供のように泣きじゃくった。大好きだったおばあちゃん、私の夢にも出てきてくれたっていいじゃないか、と。もしかして、お葬式に遅れたのがいけなかったのか、と。

 A子さんの夢に死んだおばあちゃんが出てきた夜、B子さんはまだ仙台市の自宅にいた。おばあちゃん……怒っているのかな、とB子さんが嘆いていると、その会話を聞いていたA子さんのお父さんは、こう呟いた。

「いや……たぶん、ばあちゃんの事だから、仙台行きの新幹線の乗り方が分からなかったんだべな」と。

 その後も、B子さんの夢には、死んだおばあちゃんは一切登場しないらしい。