文芸ヌー

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例大祭(インターネットウミウシ )

午前4時、交通整理の警官が振る誘導棒の灯りが揺れる。
海岸沿いの歩道には人が溢れ、一眼レフやスマートフォンのシャッター音があちこちから聞こえる。
浜辺には30人の男衆がいる。裸の男衆が身に付けて良いのは褌だけだ。
いくら暦の上では春だと言っても、4月の早朝はまだ冬の寒さだ。
小刻みに震える男衆の肌からは、うっすらと蒸気が立ち昇っている。

「イーガ!」「ホーライ!」の掛け声がかかり、一晩海水に浸して清められた御神体が男衆によって引き上げられていく。
真っ暗な海からヌッと引き出された御神体の長さは約2メートル。
この地域で崇められているリュウグウノツカイを見立てて彫られている。
例大祭の日周辺には決まって浜で見つかるはずだが、今年はまだ目撃されていない。
男衆が御神体を持ち上げ、浜から国道まで担いでいく。
国道には5台の山車が停まっており、一番大きな山車に御神体を乗せる。
そして、それぞれの山車に乗った4人の太鼓衆が「ネッ!」の掛け声と共に和太鼓を打ち鳴らす。
一番太鼓の音に驚いた土鳩の群れが一斉に飛び立つ。
男衆が「メッサ!メッサ!メッサ!」と大声を出し、それぞれの山車を引っ張り走り始めた。
沿道の見物客からも「メッサ!」の声があがる。

国道から市役所前までの道は約3キロ。緩やかな勾配があるもののほぼ直線だ。
山車のスピードは上がっていく。そして和太鼓の音もさらに力強くなる。
ダンダダダンダダダンダダダンダダ!
その太鼓の音に微かに、カカカンカカカンという音が混ざり始める。
和太鼓の隣でまな板に乗った飴を包丁で叩く男がいる。
飴職人だ。例大祭の際には飴衆と呼ばれる。
太鼓衆と同じ山車に乗り、山車を引く男衆たちを盛り上げるのだ。
この時切った飴は、後に境内で参拝客に撒かれることになっている。

上りの勾配と共に少し山車のスピードが落ち始めた。
それと同時に和太鼓もダカダカダカダカダカダカ……と音は小さくなっていく。
しかし、また次第に盛り上がり始める。
ダカダッダカダッダカダッダカダッ!
打ち鳴らす4人の息は、寸分の狂いがない。
4つの太鼓はひとつの巨大な音となり、一帯の木々を震わせていく。
ダダンダダンダダンダダンダダン!
太鼓の音につられて男衆の山車のスピードもまた上がり始める。

勢いのついた山車は市役所通りに入った。
市役所前の道路には30人の白装束の女が立っている。女衆だ。
女衆は白装束の着用が認められている。
男衆たちが引く山車が見えてきた。和太鼓の音も近づいてくる。
女衆が口々に「オッサ!オッサ!」と掛け声を行う。吐く息が、白い。
「メッサ!メッサ!」と叫びながら男衆が女衆の肩を叩き、手綱を渡す。
ここからは女衆が山車を高台の下まで引っ張って行く。
市役所前から境内のある高台の下まで約3キロ。勾配はほぼ無い。

太鼓衆と飴衆も入れ替わる。飴衆から囃子衆に替わるのだ。
バチを受け取った太鼓衆が打ち鳴らす。
デデン!デンッデンッデンッデン!
男太鼓に引けを取らない重たい音に歓声があがる。
囃子衆が使うのは三味線だ。
特定のメロディーを弾くというよりは、山車を引く女衆を奮起させるための音を奏でる。
御神体を先頭に山車はさらに速度は増す。
和太鼓と三味線も乱れ打ちになっていく。
デケドンデケドンデケドンデケドン!

活気溢れる餅屋台もこの時ばかりは山車を見守る。
この祭りの屋台は餅料理しか認められていない。
餅は『ハレの日に神様に捧げる神聖な食べ物』とされている。
また、長寿や健康を願う意味も込められている。
近年では月餅と餡餅(シャーピン)も特別に認められている。
よもぎ餅、大根餅、シャーピン、柏餅の屋台の横を女衆たちが通り過ぎていく。

高台にある境内が見えてきた。
力強い「オッサ!オッサ!」という女衆の声と共に御神体の山車が迫ってくる。
高台の下ではそれぞれの装束を纏った男女6人が立っている。
この男女は担ぎ衆と呼ばれる。例大祭では最も重要な役割を担っている。
男衆と女衆が運んできた御神体を担いで石段を上り、境内に奉納する。
石段は280段。非常に急な勾配で知られるこの石段を男女6人で担いでいくのだ。
この儀式には、御神体を地面につけてはならないという厳しい決まりがある。

女衆が慎重に御神体を担ぎ衆に渡す。渡しの儀だ。
受け渡しが終わるまでを群青の半纏を着た老人が松明のそばで見守る。
渡しの儀の見守り役だ。
祭事の最中、群青の半纏を着て良いのは見守り役だけだ。
この時ばかりは太鼓の音どころかシャッター音も鳴らしてはならない。
突き出し燭台の上で松明の音だけがパチパチと響く。
担ぎ衆が、御神体を担いだ。

「蹴ろうば!」見守り役が叫ぶ。
そして見守り役は松明を支える燭台を蹴る。
すると松明が倒れ、見守り役の周りに敷かれた藁が燃え始める。
火の粉が散り、見守り役が「マッ!」、「ガッ!」と奇声を上げて跳ね回る。
見守り役の声を合図に和太鼓と三味線が一気に打ち鳴らされる。
この渡しの儀を見たソウルシンガーのジェームズ・ブラウンが、自身のマイクパフォーマンスにこれを取り入れたのは有名な話だ。

担ぎ衆が「ミョーレ!」、「ギータ!」と声を出し、石段登り始める。
完全に陽が昇るまでに境内に奉納しなくてはならない。
担ぎ衆は次第に「ペッサ!ペッサ!」とひとつの掛け声で石段を登っていく。
石段の周りには見物客がびっしりといる。皆、「ペッサ!ペッサ!」と掛け声をかける。
下からは男女の太鼓衆、飴衆、囃子衆が今まで以上に力強い音で担ぎ衆を鼓舞する。
ダンデラダンデラダンデラダンデラ!

担ぎ手が140段目の石段を登った時、下から「ヒュッ」と音が鳴った。
そして、一瞬の間があってから夜空に突然、極彩色の光が放たれ爆裂音が鳴り響く。
花火衆により花火が上がり始めた。その音は腹にずんと響く大轟音だ。
担ぎ衆の士気を高めるために、職人が30号の大玉の花火を打ち上げるのだ。
次々に打ち上がる花火。見物客の歓声。階下からの大太鼓。
担ぎ衆の額から頬を伝う汗。目は潤み、「ペッサ!」の声も震えている。

高台からも和太鼓が聞こえてきた。
ドンドドンドドンドドンド!
もうすぐ境内だ。夜が明け始めている。
見物客も拳を握り、必死に声をかけている。
担ぎ衆は唸り声をあげながら、一段一段を登っていく。
最後の石段を踏み、境内へと向かっていく。
担ぎ衆の周りに御神体を立てるのを手伝う『立て衆』が連れ添う。
注連縄で土俵のように囲われた場所まで誘導し、立て衆が「サッパナー!」と声を出した。

高台の下では男衆、女衆、見物客が見守っている。
木々の間からゆっくりと御神体の姿が現れる。
御神体が立つと同時に、朝陽が御神体を照らした。
周囲の見物客から歓声があがる。
太鼓は乱れ打ちとなり、40号の大花火が打ち上がる。つきたて餅の配布も始まった。
一方、境内では御神体を前に、立て衆たちは担ぎ衆に拍手を送っている。
担ぎ衆たちは男女であることを忘れ、互いに抱き合って讃えあう。
汗と涙が入り混じる中、皆が「ジァーイオー!」と言いながら互いの身体を叩く。
「ジァーイオー」は「ご自愛を」が原形だと言われている。

この地域ではリュウグウノツカイが疫病を封じてきたと伝えられている。
人々は崇め、神として祀るために、年に一度の例大祭を行ってきた。
そしてまた来年も餅を食い、山車を引き、燭台を蹴り、御神体を担ぐのだ。
暖かな風が人々の間をすり抜けていく。
例大祭の後には、良い風が吹く。

リュウグウノツカイが浜に打ち上げられたのは、翌日の事だった。