文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

湯気の向こうに(元祖いがそ君)

「はいっ、オマケ!」

 

新聞紙で包まれた大きな焼き芋の隣に、小さな焼き芋が転がり込んだ。

 

「熱いから、気をつけて下さいね」

「なんだか、いつも申し訳ないなぁ」

「いーの!常連さんなんだからぁ」

 

亀吉は焼き芋が好きでは無い。死んだ婆さんが好きだったから焼き芋を買う。年寄りの1人暮らし、本当なら1個で充分だが、最近公園に現れたこの若い焼き芋娘は、無邪気にオマケを付けてくれる。

 

亀吉は古い人間だから捨てる事は絶対に出来ない。だから、2日、3日かけて冷たくなった芋を食う時もある。それでも、この娘の優しさが嬉しかった。

 

「親方、そろそろいいですか?」

8時過ぎたから、いーだろ」

 

智也は丸鋸を握りしめて角材をカットする。ギュイーーンと木屑が宙に舞う。切った木端をガラ袋に詰めた。

 

「あれ?おかしいな、今日はまだジジイなんも言わないっすね」智也が親方に話しかけた途端に、「うるせーぞ!!」と、隣りの家から声がする。仕方なく、親方が足場に顔を出して叫ぶ。

 

「すいませんねーーーー。」

 

この家を建て始めてから、隣りのジジイは、毎日文句を言ってくる。この前は親方が足場でラス下地を打ち付けている時に「尻がうちの敷地に入ってる」と怒鳴られた。呆れた親方は、その日から言い返す事も止めた。

 

「自分の家が建った時だって、隣りの家に迷惑をかけながら建ったんだって事を、忘れちまってんだよなぁ。」智也に呟くと、親方は黙々と和室を作る。和室ができたらこの現場ともおさらばだ。つまり、あのジジイともおさらばだ。

 

「安納芋と薪、これが命なの」

 

図面を書いていた。朝から晩まで書いていた。駅に向かう途中、橋の上で必ず心臓が痛くなる。押し寄せる人波に押されてなんとか橋を渡る頃には痛みを忘れる気がしていた。

 

病は気から、死にたくないから仕事を辞めた。仕事を辞めたら相方も「相方を」辞めた。真逆に行こう。だから芋を焼く。石を薪の熱で焼かないと美味しくならないと信じている。何か1つを信じたい。

 

「親方!いつもすいませーん!」2階に向かって娘が叫ぶ、智也が持って降りてきたガラ袋を受け取って、一番大きな芋を智也に包む。

 

建設現場を見つけると娘は声を掛け、木端を分けてもらえないか聞いている、ここもその一つだ。貰うだけじゃない、タダで貰う代わりに、芋を渡している。現場も片付くし、親方もまんざらでなかった、何よりこの娘の芋は美味い。

 

「あらっ、お爺さん!?」窓から顔を出した亀吉を見ると娘は驚いた。「お家ここだったんですね!」

 

亀吉も驚いた、なんだか騒がしいから、文句の一つでも言おうと思って窓から覗けば、あの娘が居たからだ。

 

「あのジジイ知ってるの?」智也がいぶかしげに聞く、「常連さんですよ、いつも買いに来てくれるの」「へーーー、あのジジイがねぇ」

 

娘の顔を見たら、買わない訳にも行かないから、亀吉は表に出てきて芋を買った。娘の横にあるガラ袋をみて亀吉は思わず聞いた。

 

「この芋はもしかしてこの家の

 

「そうです!親方からタダで貰ってるの、いつもお世話になってて、はいっ、オマケ!」無邪気に娘が笑うから亀吉もつられて笑ってしまった、そんな顔を親方に見られたく無くて、変な笑い顔になってしまった。そんな亀吉を見て親方も笑った。

 

智也はそれを眺めていた。和室が完成したらいつもの様に、次の現場に行くだけだったのに。

 

「次の現場も近くだったら、取りに来てもいーよ!ね、親方!」

 

親方はうなずいた。

小さく亀吉もうなずいた。

親方は少しだけゆっくり和室を作る事にした。あと1週間もしないうちに、どーせみんなバラバラになるんだから。