文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

ラミナリアの向こうに(merumo)

カーテンの向こう側から、シャラシャラという
華奢な金属音が聞こえてくる。

産婦人科の南病棟にあるこの処置室は
想像していたよりも、冷たい印象は無かった。
奥は通路でナースステーションと繋がっており
快活な助産師の話し声や物音が聞こえてくる。
丁度時間は夕食の配られる少し前で
日勤と夜勤の交代する時間帯に当たる為
昼の忙しない雰囲気から
病棟全体が少しホッとした空気になる時だった。
けれどもその中で、私の恐れは血流に乗り大小2つの心音を人知れずドッドと揺らしている。
これから行われるラミナリアを使った処置は
余りに恐ろしく、悲しい施術であった。

妊娠五ヶ月十九週と二日。
それまでエコーで判別する事の出来なかった
赤ちゃんの異常が幾つも見つかったのは一週間前の検診での事だった。
妊娠の断続が難しく、出産まで漕ぎ着けたとしても
生後間もなく息を引き取る可能性が高い。
一旦は専門医に送られたのだが
そこでの検査では目立った異常は見られず
様子を見ても良いのでは?とこの総合病院へ
戻ってきた直後の事だった。

今日で性別が分かるかもよ?

希望を掴みかけ安堵と期待に胸を膨らませた検診で
突然、私達は不本意な決断をしなければならなかった。

日本では母子の危険が伴い堕胎する場合や死産の時でも、十五週以降は通常の分娩と同じ方法を取る。
人工的に陣痛を引き起こし経膣分娩となるのだ。
その前処置として行われるのがラミナリアである。

まだ臨月に差し掛かっていない私の子宮口は硬い。
これを分娩に向けて広げる為、
水分で膨張するラミナリアを差込み
二日間に渡り入れ替えながら本数を増やしてゆく。
女性が聞けばゾッとする処置だ。

一度目の処置が始まる前に
先生はエコーでお腹の中の赤ちゃんを確認している様だった。
二週間に一度、ずっと心踊らせてくれた機械の柔らかな測定音が聞こえてくる。
しかしもう、画面を見せて貰うことも無ければ
大きさや性別を告げられる事も無い。
「内診から失礼します…機械が入りますよ」
心の準備も無いまま、向こう側のタイミングで
異物感や突然の痛覚は始まる。
内診の器具以降の合図は無く、次に何が来るのか
来ているのかが私には解らない。
解るのは不意にやってくる冷たい金属の感触と鈍い痛み、押される様な圧迫感。
そして恐怖と破裂寸前の罪悪感だった。
「ごめんなさい、痛いですよ!入りますよ!」
と辛そうな先生と助産師さんの励ましの声の中、
グッと中身が摘まれる様な感覚の次に細く鋭い圧がやってきた。
たちまち掌に熱い脂汗が浮き立つ。
幾つか奇声を上げた後に私は思わず零してしまった。

「…ごめんね」

ごめん…。
お腹の中の赤ちゃんは大丈夫なのだろうか?
こんなものが差し込まれて、このまま分娩まで
生きている事が出来るのだろうか?
一度始まったどうしようもない痛みは
ジンジンと幾重にも重なり途切れる間もない。
矢継ぎ早にガシガシとラミナリアは増やされてゆく。
混乱の中私は、あるはずのない選択肢を幾つも辿った。もしエコーに何も映らなければ…
もし妊娠断続をしていたら…
しかし、どれを選んでも苦しみは避けられない。
何処を辿っても、この子は生きる事が出来ないのか。
下腹部の奥に重たい鈍痛と異物感を残し
六本のラミナリアが入り、一度目の処置が終わった。

朦朧とした私は僅かな距離を車椅子で運ばれ
私より真っ青になった大切な人の前に止まった。
ずり落ちる様にベッドへ移る私を
見たことの無い表情で気遣う仕草に戸惑い胸が詰まる。
その後、面会も終わり1時間も過ぎると
誰も居なくなった縦長の白い個室で
先程までの出来事は夢だったかの様に
僅かな重みを残しつつも下腹部の痛みはゆっくりと鎮まっていった。
夜は訥々と一人の夕食を終え読書灯のまあるい光を壁に当て、就寝した。

翌朝は、昨夜感じていた臍の下辺りの
重たい鈍痛も感じなくなった所で二度目の処置である。
一度入れられたラミナリアを全て抜き取り
再び本数を増やし新たなラミナリアを入れる。
この日の先生は一つ一つ声掛けがあった為
子宮口を掴まれる瞬間が解った。
器具の圧力に反発する感覚は、赤貝の様なものを連想させる。
しかし二度目の処置は意外に呆気なかった。
苦痛に耐える為、右足の親指を捻り始めた所で
「終わりましたよ、お疲れ様!」と
先生が明るく呼び掛けながら膝をトントンと叩いた。
何本になったのかは解らない。
「はぁ…はぁ…、増やせましたか?」
瞬きの度、涙目の跡がギュッと目を閉じた時の
雫の形になっているのが解る。
「うん、増やせた増やせた、
これで大丈夫そうなら夕方の処置は無しです。
急に起き上がると目眩を起こすから
落ち着くまで少し深呼吸して立ち上がって?」
台が下がり、椅子に座った様な体勢に戻る私の前に
真剣な面持ちで屈む先生もまた女性だ。
「ふー…ふー…ふー…」
昨日からずっと女の先生や助産師さんが
付き添ってくれており、どの人も皆痛々しさを噛むような面持ちだった。
私はどんな温い言葉よりもその痛々しさの共感に
大変救われた様な気がする。
これで、夕方の処置は無いかもしれない。
そう思ったのはほんの糠喜びで
結局夕方に三度目の処置は行われる事となった。

夕方、痛み止めの座薬を刺されて
一時間程経った頃に処置室へ呼ばれた。
もうどの順番で、どんな痛みが来るのか?
短くも永遠と思われる様な時の流れも知っている。

これで最後、大丈夫。
耐えられる。

ラミナリアを止めている詰め物が抜かれる。
綿は金属より乾いていて痛い。
ギチギチになった束が引っ張られる。
下腹部の奥に、重みが無くなったかな?
と感じたかと思えばまた刺される。
そして、本数が増やされた時、
これまでに無く強い
身体の中心でラミナリアが軋む感触が響いた!
朦朧としながらやっとの思いで処置を終えると、
その痛みとは違う
ズキズキとしたものが下腹部全体に広がり、
ラミナリアの縦線と繋がっている様な感覚になった。

この痛みは収まる事がなく、
夜には前駆陣痛の様に規則的になったので
慌てて夫を呼んだのだけれど…
それ以上強まることは無く、私は結局
深夜に緩やかな痛みの狭間で眠てしまった。

翌日、朝の十時から分娩が始まる。
いよいよ二日間差し込まれ続けた拷問器具を抜き
陣痛誘発剤を投入し、赤ちゃんを産む。
昨夜の前駆陣痛で入れ替えられた
個室の分娩台の上で行われるのだ。
部屋の外からは相変わらず元気な赤ちゃんの声が
時よりこちら迄漏れ聞こえる。
窓の外からは穏やかな冬晴れの日差しを
生成のカーテンが透かしていた。

部屋には分娩台の他にも様々な器具や機械が持ち込まれ、手際よく病室から手術室へ変貌する。
私の規則的な弱い痛みは続いていた。
いよいよだ…。
十時を過ぎた所で先生と助産師さんが数名現れ、
遂にラミナリアが抜かれる時が来た。

内診をされる、綿が抜かれる
数を確認される、抜こうとする…抜けない!

思ったより全体が奥へ行っている様で
処置室の台とは異なり、角度が浅いせいか
抜き取るのに苦戦している様だった。

皮肉にもこの日の担当医は冷酷で笑顔一つ見せない。
不機嫌な一重まぶたで、
ひたすらぬかるんだ手元を凝視し引き抜こうとする。

「ああーー!!」
「い、痛いッ…!!」

出血しているのが解る、怖い。
それでも抜けない様なので、交代で医師が
臍の上辺りに手を当て
私の下腹部を外側から押し込み
中のラミナリアを出そうと躍起になる。
押される度に皮膚の上からも異物のシルエットが感じられ、
恐怖と激痛で今にも気を失ってしまいそうだった。
「わあああ!!!」
ドロッとしたぬるい感触を絡めながら
ズアッ!!という勢いでラミナリアが抜かれた。

ゆるく、熱い空洞。

シャラシャラと汚れた棒の束を乱雑に束ねると
先生は一度退出し、再び部屋は静かになる。
私は先程吊るされたばかりの点滴が
透明な水分を携えてキラキラ光っているのを
ただただ、見詰めてみるしかない。
その先に目をやると少し雲が出始めたのか
陽の光は弱く窓は白壁にこっくり馴染んでいた。

たった三ミリメートルの空洞が、こんなにも苦しいなんて…。
私の身体に誕生死を迎えるトンネルが出来た。
この苦しみと最後まで向き合う事が
母として出来る、最後の愛なのだ。

私はこれからこの世で一番の喜びと悲しみを
自らの痛みで産み落そうとしている。

それでも時より、小さな胎動は続いていた。