文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

50,51/101(xissa)

 


贈るとは言い難く梱包する


冬生まれの妹に誕生日プレゼントを毎年送る。必ず送るのはブランドもののチョコレートだ。一度送ったら大層受けたので。あとは私の選んだ何かを付ける。

二つ違いの妹は、私とは何もかも違う。大概の姉妹はそうだと言われる、多分その中の一組なのだろう。妹は華やかで要領がいい。おいしいところをいちばんに食べる。料理をすると調味料からすべて揃えて作るタイプだ。そしてそういう妹が自分の誕生日を疎かに扱うわけがない。

妹の欲しいものなど、本当にわかってもきっと高価で買えないようなものだろう。私は私の知識と財布の範囲内でしかがんばれない。おねえちゃんのプレゼントは趣味が悪い、と言われても、誕生日プレゼントは送る。送らないという考えはない。二人で存在している限り私は彼女の姉だ。

もらって困らないものは消えものよね、と、昼休みに職場の先輩が雑誌を見ながら話していた。そろそろ本気でプレゼントを考えなければと思っていた矢先で、これはいいことをきいた、と思った。今年はとにかく消耗品で攻めることにした。あとでその消えものというのは食品のことだと判明するのだが、この時の私の脳内の消えものは消耗品一択だった。タオル、ふきん、ちょっとお高い台所用の洗剤、靴下、スリッパ。チョコレートはもちろん買った。ゴディバだ。帰宅して荷造りに取り掛かる。勤め先の乾物屋から失敬してきた紙袋にまずリボンのかかったスリッパを入れる。そして花柄のふきんの束。その上にうやうやしくチョコレートを載せる。上に緩衝材がわりのタオル。これもちゃんとブランドものだ。横の方にできた隙間に、かわいらしいボトルに入った食器用の洗剤を入れて、手が止まった。靴下が入らないのだ。無理すれば入るだろうが、チョコレートが潰れてしまうかもしれない。高価なチョコレートが。もう一回り大きな袋にすればよかった。この紙袋以外あとはろくな袋がない。洗剤をどかすか。いや、これはふきんの花柄と揃えたのだから絶対送りたい。スリッパは消耗品チームのエースだから外せない。タオルもこんな高価なのはうちには勿体ない。不格好な包みが届いた時の妹の反応も気になる。やはり靴下だ。心を鬼にして私は荷物に封をした。

妹の誕生日の後、しばらく私はプレゼント包装の靴下と暮らしていた。妹から「所帯じみたプレゼントありがとう」のメールが来て、ようやくふんぎりがついた。ウール100%の、爪先とかかとの赤い靴下のタグを切った。靴下はすべっとして、自分用には選んだことのない履き心地だった。履いている間違和感が拭えなかった。頂き物、というのはこういうことか、と思った。




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凍るユリカモメの赤い脚 

 

いつだったか家族で海に行った時、灯台に続く細い桟橋に父が車で突っ込んでいってUターンできなくなったことがあった。桟橋というより防波堤のちょっと広いの、くらいの道だったような気がする。両端に柵などなく海がむき出しだった。当時運転できるのは父だけで、誰も誘導することなど思いもつかなかった。私たちは前を向いて静まりかえっていた。車はじりじりバックして、通りに出た時にはみんなで大きなため息をついた。家族で車に乗るといろいろなことがおこった。別のドライブの時、父は鍵を車に閉じ込んだ。車の周りをぐるぐる回っていた父は、ドアミラーの横の窓をためらいなく割ろうとした。石を握り、何度も打ちつけたがガラスは割れなかった。夜だった。子供が泣き、男が無言で車を殴っている不穏な光景に、通りがかりの人たちが近寄ってきた。話を聞いて、誰かが持っていたL字型のアルミ定規で旧式の車をあっさり開けてくれた。

あのときの桟橋が見える。柵ができているようだが、今見てもあの道を車で行こうと思う方がおかしい。白い灯台が雪の舞う曇り空に滲んでいる。
空の色が映って海は青いのだと思っていた。光のない曇天の今日、海はそれでも青い。ラムネ壜の破片のように透き通って青い。浅瀬は緑がかって、灰色の空と人のいない砂浜のそこだけが思いがけなく明るい。平たく寄せ返す波に雪が音もなく落ちては消える。私は立ち尽くしたままそれを見ている。美しい。そして寒い。L字定規もなく窓ガラスを割る勇気もなく、なかなか来ないJAFを待って私は凍えている。歯を食いしばって全身を震わせている。