会議室の机の上に、カステラが皿に載せられて、ぽつねんと置かれている。今日の来客はキャンセルになった筈だった。突然、雨が降ってきて、雷が轟いている。町江は、会議室のカーテンを閉め、出入口に傘立てを置いた。
オフィスに戻ると、誰もいなかった。予定表を見ると、「外出中」「休み」「出張」などと不在を示す予定が書かれている。「戻り」の予定を過ぎた社長も、まだ戻ってきていない。最近、こういう事はよくある。
社長の机が濡れている。雨漏りしているのだ。町江は、ロッカーからバケツを取り出して、社長の机の上にバケツを置いた。しかしバケツにも穴が空いているようで、机に水が染み出してきた。机の上の、煙草の色で黄色く変色したデスクマットの上に、水が広がっていく。
町江は、何もかも投げたしたい気分になった。ふと気付いた。開発室の深沢さんなら、いるかも知れない。町江は地下室に向かった。
深沢さんすらいなかった。あの几帳面な彼が、机の上のハンダをそのままにして、ビスやらネジやら基盤やらが、乱雑に散らかっている。開発中だった「新型ロボドロイド・エース」もない。資料もない。深沢さんの携帯電話は残されていて、異常な数の不在着信が残っている。
地下室の階段を上がると、社長に鉢合わせた。社長は無言で、雨に濡れて立っていた。
「社長…」
「…」
町江は、全てを察した。社長の腕にある金時計はなく、社長の頬はごっそりとこけていた。
「神田さん、あなたにはお世話になりました…」
「会社は…」
社長は、首を小さく振って、肩を、小刻みに震わせた。
「よく…わからないんだ」
「わからない?」
外で、金属音がする。反響しながら、こちらに近付いてくる。トラックの音にしては少し違う。社長と町江が、出入口から外を覗いてみると。
暗転
後日、会社は元の通りに戻った。社長の金時計も返ってきたし、町江も元気いっぱいでお茶をくみ、コピーをし、地下室の深沢さんと冗談を言ったりして、楽しく仕事をしている。
町江は、友人に、会社の事をこんな風に話している。
「雨漏り?そんな貧乏な会社じゃないわ。だって、うちの会社は、火星人の資本が入っているから、百年は安泰ね」