文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

井沢

ゴールドブレンド(井沢)

「ゴールドブレンドの詰め替えを買ってこいと言ったよな」「はい」「お前が買ってきたのは何だ?」「ゴールドブレンドです」「ゴールドブレンドの“瓶”な」うわ、いやな空気になった。また仕様もないことで佐々木と代々木が揉め始めた。「じゃあ私はこのへん…

無重力の夕方(井沢)

いつも遊んでいた子はいるはずのない子だった。母が近所へ出かけたりご飯の支度で不在になり、さて残った子供たち二人で何をしたものかという折にいつもその子は現れた。金髪のバービー人形に母の手作りのニット服を着せたら「じゃあこのオーロラ色のスカー…

炭酸怪談 (井沢)

「ウィる、ウィらない、ウィる、ウィらない、ウィる」 花占いをするウィル・スミス。 「はあ……」「何回やっても俺はウィル・スミスってわけか」 軸だけになった花を投げ遣るスミス。 花が落ちた砂地にクーラーボックスが埋もれている。かたかた、かたかた、…

ピレネー (井沢)

「そう簡単にはピレねえよ!」 「先輩!」 イベリア半島の付け根の地面が隆起する 「みんな簡単そうに言うけどな」 「そんな…簡単だなんて思ってません!」 「こっちは押し潰されそうなんだよ」 フランス側が崩れ落ちる 「大丈夫ですか」 「大丈夫なもんか」…

爆発定時 (井沢)

チェックイン・カウンターにて 「お客様は2個ラゲージでよろしかったですか?」 「はい?」 周囲を見回し 「ああ、えっと…そう、ニコラス・ケイジです。」 「失礼いたしました。お客様は何個ラゲージですか?」 「1個…ラゲージですけど。」 「かしこまりま…

【ニッケル・サンダース 3/3】 後始末 (井沢)

ウェイターはニッケル・サンダースの後始末をする 「ジーザス」全く。セルフ式のカフェだというのに、トレイを席に置いたまま帰った客がいたらしい。もちろん、そういったものを片付けるのも彼の仕事。そういったものを予測に入れ対処するのも彼の仕事。また…

【ニッケル・サンダース 2/3】 落雷 (井沢)

再び雷雲の上、高木と中本とサンダース 「目標が見えてきたぞ。」 「国道バイパス沿いのカフェか。」 「どこもかしこもケン・ヒライかよ。」 「何の話だよ。」 「なあ、あそこの窓際カウンター席のいちばん端っこでいいのか?」 「ああそうだ。」 「思いがか…

【ニッケル・サンダース 1/3】 なかなか夕立たない (井沢)

雷雲の上、高木と中本とニッケル・サンダース会議中 「夕立ちっつってもさ、最近早いからねえ。暗くなるの。」 「タイミング逃すと、夕立ちじゃなくてただの夜の雨だからね。」 「♪秋の夜長を~ アレ?今日十五夜?」 「じゃない。」 「かあ。」 「中秋の名…

できれば最後は飛行機雲 (井沢)

晴天を滑空する剛力彩芽。後方から別の剛力彩芽。11:55 同2機ななめ。着陸。休憩。麺類の多い板場で正直早めの昼ごはん。 こう右肩でのれんをくぐり「おーい、ヒマやで!」「えっ剛力彩芽??」「同時に来たね。」店主は常時気ままで「もう味噌バタで?」品書…

そんなオファーは受けない(井沢)

「いらっしゃいませ。お客様は何個ラスケイジですか?」 「はい?」 「失礼しました。お客様は何ラスケイジですか?」 「ニコ…ラスケイジですけど。」 語尾を濁らすケイジ 「ありがとうございます。ツーラスケイジ入りまーす。」 「え、あの、ちょっと。」 …

略し方が違う(井沢)

「なあ、田中もNetflixのあれ見てただろ?」「ネトフリの?ああ見てる見てる」「えー、ネットリ2人とも入ってるんだ」「王様のブランチでも紹介されてたよ」「ブランチで?やべーな」「王んちで?LiLiCoのコーナーかな」「Amazonプライムのさ、あれも見てた…

肉まん今日終わっちゃいました(井沢)

「みいちゃん!」母親らしき店員。バイトの女の子がカツーンと何かを投げ、荷捌き中のダンボールを両手でなぎ倒し大股でバックヤードに向かった。「みいちゃん!」母親らしき店員は後を追って行った。取り残された客は私と、ビールを持って並んでいた男性と…

よしみは四文字じゃないし熟語じゃない(井沢)

家庭教師とはいえ人見知りだ。学生生活課で見つけた拘束時間に対し割りのいいアルバイトだった。数ヶ月前まで受験勉強をしていたから中高生の勉強ならば新たに技能を身に付けることなく手持ちの学力でできる。 生徒は主に14、15歳。学年で言うと中学2、3年生…

同じ素材でできた別の町(井沢)

町内にある「びよういん」の椅子に座る。椅子の上には子供の座高を調整するために大きな消しゴムのような革張りの台が乗せられていた。これ、嫌だな。こどもみたい。いつになったら皆と同じように普通に椅子に座れるのだろう。ただ椅子に座るだけのことなの…

書き出し自選・井沢の5作品(井沢)

「書き出し小説大賞」の作家が自身のオススメ作品を紹介する「書き出し自選」。第14回を担当いたします、井沢です。普段は語感だけで単語を転がして遊んだり、イラストを描いたりしています。 デイリーポータルZのいち読者だった私が書き出し小説大賞に投稿…

トシと鎧と豆まきと(井沢)

「お呼びしましたゲストは、今年、年ヨロイヅカでもある鎧塚トシ彦さんですどうぞ〜」「何ヨロイヅカもたいてい僕になりません?」「お集まりの皆さま、節分をもって暦は春!新しい一年の始まりです。さ、鎧塚さん、豆をどうぞ」「これはまた立派な純金の升…

ゴーストバスターズに置いていかれた(井沢)

ゴーストバスターズに置いていかれた。 「まだ早いと思って」小さい手にとぼけた白い幽霊が赤いシートベルトをして両手を広げたようなゴーストバスターズのバッジが手渡された。人生初の缶バッジ。これを見た瞬間はまだ嬉しかった。 お正月の我が家には親戚…

バンドを組めない人々(井沢)

頭上で生バンドの演奏音が聴こえてきた。青空の新宿三丁目は専門学校帰りの僕たち4人のラバーソールに踏まれる。普段ならそんな音は聞こえてこない界隈だが、今日は店のオーナーなりバンドメンバーなり誰かが窓を開けて演奏をすることにらした日らしい。 「…

気配(井沢)

録画の緑のランプを見ている。この家から誰もいなくなる時間を初めて経験している。留守だ。「ひとりで待ってるよ」と言ったのは自分からで、それが意外にもすんなり受け入れられ、降って湧いた初めてのお留守番だった。いつもは赤く光るランプが、今は緑色…

ヒップホップ文学(井沢)

被ったフードにサングラスの兄ちゃんが向かいの席に座った。ドクロの指輪を付けたほうの手に文庫本を開いている。電車は光のどけき午後、座席もやや空いている。何の前ぶれもなく、空いてるほうのいる手でヒップホップなキメ仕草を2、3ポーズキメた。目線…

そして誰もいなくならない(井沢)

7月、西伊豆のとあるキャンプ場。 砂浜も岩場もある緑色の海 。C字型の湾にかかる崖はそのまま背後の山脈に繋がっている。私が犯人ならうっかり重要なヒントになる過去の話をしそうな景色だ。砂浜から一段上がれば横に広いテントサイト。 昼間はのんびり絵な…

家族で帰宅

家族六人で外食から戻る。鍵を開け、時計を見て、誰かが「もうこんな時間か」と言う。「もう」と「こんな時間」の感覚は、20時半だと丁度良く、21時を回っていると「料理が出てくるの遅かったしね」などと振り返る具合。銘々部屋に戻っていく。祖父はスラッ…

聞けない遊びとにゃんぱらり(井沢)

ああ、私はいつかこれを忘れてしまう。その感覚だけが残っている。私はもうすぐこの出来事を忘れてしまう。日々に埋もれてもっと大きくなったらきっと全部消えてしまう。何なら涙さえ流した感覚もある。家の外だった気がする。人がいたような気がする。優し…