文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

どうでもいい話(ヘリコプター)

「右手に見える山の斜面に墓地があります。」

「車掌の上田です。足のサイズは26.5cmです。」

2043年、この言葉は東京に向かう新幹線の車内掲示板に流れた。去年からJR東海は車内の電光掲示板にどうでもいい情報を流すようになった。これで途中から見てしまっても気にならないので安心して乗れると評判は上々らしい。

 こうなった背景には空前の「どうでもいい話」ブームがある。その発端は3年前のM1グランプリだったと思う。どうでもいい話をして「どうでもいいわ!」ペッと唾を吐いて突っ込む、という流れを交互に高速で繰り返すコンビが優勝した。「どうでもいいわ」は流行語になり、人々は「どうでもいいわ」と言いたいが為にどうでもいい話を求めた。結果、どうでもいい話が世間に溢れてしまった。テレビのバラエティもMCがサイコロを振って出た目の芸人がどうでもいい話をするというのが人気番組になった。

去年からはどうでもいい話ブームは更に進化し、どんな話でも感情が1ミリも動かない話に変換してくれる翻訳機やアプリも大流行した。ニュース番組や新聞も全てどうでもいい話になり、政治家はどうでもいい話をすごい熱量で話す職業になっていた。そして人々はつっこむことさえしなくなり、どうでもいい話を聞いた余韻を静かに楽しむことが当たり前になっていた。それを反映したのか去年のM1ではどうでもいい話だけを3人でするトリオが優勝した。

 

 私が今、新幹線で東京に向かっているのは10年ぶりに来日したローマ教皇の講話を聞く為だ。特にクリスチャンでもない私が行こうと思ったのは、どうでもいい話に飽きてきたからだ。ありがたい話が聞きたいのだ。

会場の東京ドームに着いた私は教皇のプロフィールや今日のプログラムを確認した。教皇はイタリア出身で現在82歳。若い時に日本に住んでいたらしく日本語は喋れるらしい。世界平和を実現するために世界各国で様々な活動をしているすごい方だ。今日は2時間のプログラムで始めに教皇の講話が5分、それ以降は1時間55分プリント配布となっていた。関係者によると教皇が最前列の人にプリントを渡しそれを後ろの人に回していく儀式らしい。日本で行うのは初めてらしい。10万人くらいいるけど大丈夫なのだろうか?最後の人は余ったプリントを教皇に持っていくのだろうか?などとぼんやり考えながら教皇の登場を待った。

 照明が全て消え、小さなスポットライトに照らされた教皇がステージ袖から出てきた。凄まじい拍手が起こる。教皇は思っていたよりもずっと小柄で白い帽子が頭に乗っている。顔の深いシワも肉眼で確認できた。

その姿を見て私は心の中で、ありがたい言葉を求める気持ちと同じくらいにどうでもいい言葉を期待していることに気づいた。恐らくここにいる全て人が同じ気持ちに気づいたことだろう。

そんな興奮の中、教皇は中央のマイク前に立った。

ゆっくり右手を挙げ、指をぴんと伸ばすと拍手はすっと鳴り止んだ。

教皇は右手を挙げたまま静かに喋り出した。

 

「日本の皆さんこんにちは。私は今日5時間しか寝ていないのです。」

 

その言葉で、私は救われた。

教皇は5分間、愛についてと5時間しか寝ていないを交互に説いた。