文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

肉まん今日終わっちゃいました(井沢)

「みいちゃん!」
母親らしき店員。バイトの女の子がカツーンと何かを投げ、荷捌き中のダンボールを両手でなぎ倒し大股でバックヤードに向かった。
「みいちゃん!」
母親らしき店員は後を追って行った。
取り残された客は私と、ビールを持って並んでいた男性と、雑誌を立ち読みしていた若者二人と、夕方の小腹を満たすおにぎりを手にしたOLさんだった。

私の足元には「みいちゃん」が投げつけたと思われるスヌーピーのキーホルダーが付いた鍵があった。拾わないわけにもいかず、硬いラメ入りきしめんのようなビニールストラップをつまみ上げると、さっきまで母親らしき店員がいたのとは別のほうのレジ台に置いた。そっちの方がカウンター出入口に近かったからだ。
ビールを持って並んでいる男性はバックヤードの方を見ている。見るしかないのだ。我々は置いてけぼりなのだから。雑誌コーナーの若者達はさっきのページを開いたままバックヤードの扉と誰もいないレジとを交互に見ていた。OLさんはおにぎりに合わせるおかずを時間をかけて選ぶことにしたようで、サラダコーナーを見始めた。私は自動ドアが開いた瞬間に足元にスヌーピーのキーホルダーの付いた鍵がすっ飛んできた。その鍵をとりあえず無人のレジ台に乗せた。それまでだった。

参ったな。これは、このまま肉まんを買い求めにレジに並んでいいものか。ビールの兄さんもビールが買えないというのに、後ろにつけて二人でバックヤードの扉を眺めるのだろうか。OLさんもサラダを選び終えて三人で後ろの扉を見つめるのだろうか。

「すみませーん!」
ビール兄さんが口火を切った。
全員がビール兄さんの方に向き直った。
「すいません、レジお願いします!」
「はーい」
少し間があったが、遠くで大きく返事がした。止まっていた店内の時間が少し動き始めた気がした。

「すみません、あの、さっき見てませんでした?」
「いや見てましたけど」
「ならちょっと分かってもらえません?」
「はい?」
「みいちゃん…」
母親らしき店員の声が揺らいだ。
店内の視線が母親店員に集まる。泣いちゃうのか?なあ、母さん、泣いちゃうのはやめてくれよ。誰の母さんにも泣いて欲しくはない。
「店員である前に親子なんです」
「親子である前にレジやってくれよ。それからゆっくり話してやりなさいよ」
「レジ…そうでしたね。お待ちの方こちらへどうぞ」
ピッ
だいぶ汗をかいたビールが袋に入れられる。
母親らしき店員は慣れた作業をしているうちに、いつも通りの気持ちを取り戻したようだった。
「お次お並びのお客様」
私だ。
「えっと、肉まんひとつ」
「みいちゃん」
空いたレジの方に私服になったバイトの女の子が立っていた。
「みいちゃん、これ、鍵。」
カニ歩きで移動しながら肘で指しているのは私がさっきレジ台の上に置いたやつだ。
口を尖らせたままだったが、みいちゃんと呼ばれたバイトの女の子は空いた方のレジに近付いた。
「あと、これ、はい」
それは私の肉まんだ。
みいちゃんは不本意そうに肉まんを掴むと、さっきの大股歩きとは全く違っただらけた足取りで店の自動ドアを出た。
母親らしき店員はしばらく自動ドアから雑誌コーナーの外を通りみいちゃんが見えなくなるまで目で追っていた。
我々は見守るしかなかった。