文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

葬式の家(さくさく)

どうか、愚かな私の体験談を聞いてほしい。

 

 

 

数年後のある日、砂利敷きの庭に入ってくる車の音で、昼寝から目が覚めた。聞き慣れないエンジン音。二つ折りにした座布団の枕から頭を起こすと、窓ガラスの向こうに安っぽい軽の商業用バンが見えた。ああ、あの軽自動車、この前ニュースで見たな。隣県の交差点であれと同じ車と普通乗用車が激突して、あの車に乗っていた親子三人が全身を強く打って死亡する事故が起きていた。車のボディーが薄くて衝撃に弱いらしい。

 

寝起きの頭でぼんやりと考えていると、「すみません」という声と、玄関の引き戸ががらがらと開けられる音が聞こえてきた。こんな田舎に、玄関に鍵をかけるという習慣はない。訪問販売かなにかだろうか。はいはい今行きます、と返事をして、居間の磨りガラス戸を開けると、玄関の土間に知らない人が立っていた。目の下にはクマ。黒いスラックスパンツと革靴には、少しだけ泥がついている。

 

すみません、とその人はもう一度同じ事を言って、頭を下げたあと、「お葬式をしている家は、ここですか?」と私に聞いていた。

 

「いえ」……葬式? うちが? 葬式の家?

 

「いえ、違います」違う。うちでは誰も死んでいない。今のところは。病に伏せている家族もいないし、急に親戚が死んだ、という連絡もきていない。

 

「そうですか。お葬式用のオードブルとお弁当の配達に来たのですが」と、ちょっとばつが悪そうにその人は言って、また頭を下げた。喉元に赤い湿疹のようなものが見える。私の喉はからからと渇いていく。そうか、そういえば寝起きだった。

 

「では、この近くで、お葬式をしている○○家というお宅はありませんか?」

 

「いえ……ちょっと分からないですね」と私は答えた。これ以上、あなたの力にはなれませんよ、という表情を浮かべながら。

 

私の顔を見て、その人は「そうですか。家を間違えてしまったみたいですね、すみませんでした。失礼します」と言うと、開けたままにしてあった玄関の戸の隙間をするりと抜けて、庭の軽自動車に乗り込み、帰っていった。

 

いったい、なんだったんだろう。葬式だなんて。縁起でもない。もやもやとした気持ちで居間に戻ると、ゼンマイ式の柱時計の針と振り子が止まっていた。午後二時四十二分。本当の時間は分からない。ただ、今が何時だとしても、柱時計のゼンマイを巻く気にも、もう一度昼寝をする気にも、どうしてもなれなかった。

 

 

 

以上が、私の体験談である。拙い文章になってしまい、申し訳ない。そしてもうひとつ、皆さんに謝らなければならない事がある。それは、まるで私が家を間違えられた被害者であるかのようにここまでやってきたが、例の、あの昼寝の最中にやってきた人物、家を間違えた奴こそが、私なのである。マジですみませんでした。家、間違えました。

 

ここまでお付き合いいただいた皆さんにおかれましては「このすっとこどっこい野郎が」とお思いでしょう。はい、その通りです。言い訳も反論できない。もうすぐ終わるので、あと少し辛抱していただければ……ああ、石を投げないで!

 

当時、葬儀会社の下請けのような仕事をしていた私は、注文されたお葬式用の料理を個人宅に配達する為に住宅地図を持って車を走らせましたが、目的地付近に同じ姓の家が多く、指定された配達時間も迫っていたので焦っていました。それからしばらくして、その仕事はなにもかもが嫌になって辞めてしまいました。