文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

一緒に入ろう(puzzzle)

「おっさん On The Corner」なんて愉快なロックナンバーがあってさ。口を閉じてハミングするには難しい。俺は湯船に浸かって小声でスキャット。
 ランチキルカルカ ランチキルカルカ ランチキルカルカ ラン♪
 ランチキルカルカ ランチキルカルカ ロンリーおっさん YEAH♪
 部屋にはキミとあいつがいるから、俺は一人、湯面を撫でながら小声でYEAH。気分がよい。めっきり冷え込んできたから久しぶりに湯を張って気分がよい。寝るときには掛け布団を一枚増やしてみようかしら。重みを増した布団はよい。安心感があってよい。「冬が好き」と、心から言えなくなってきたのは歳のせいかしら。それでも、熱い風呂と重い布団はよい。ロングコートで白い息を吐く女も好い。おでんに燗酒も酔い。
「あんた、最近、呑んで帰ってくると質が悪いよ」
 キミに言われたことを思い返している。一緒に風呂に入ろうと執拗に迫ったのだと言う。酒に呑まれたことはない。鈍なときだって一続きの俺を保っている。「一緒に風呂に入ろう」と言った覚えはある。それでも「執拗に迫った」覚えはない。
「一緒に風呂に入ろう」
「何言ってんの」
「一緒に入ろう」
「酔っぱらい」
「一緒に・・・」
 三度言ったら執拗だろう。理性がはたらく。切り捨て上手のキミに迫ったところで、コーナーフラッグ際のコンバージョンキックさながら成功率は低い。いい歳コいて「一緒に入ろう」などと戯言を抜かしたかっただけ。キミの鋭利な切り返しを期待してランチキルカルカラン。「いいよ」なんて言われたらランチキルカルカYEAH。もう生涯キミと風呂に入ることはないのかしら。
 病なのだ。一緒に入りたい症候群は遺伝する病なのだ。あいつはいつまでも親父と風呂に入りたがる。
「一緒に風呂に入ろう」
「餓鬼か」
「一緒に入ろう」
「阿呆か」
「いいじゃん・・・」
 三度言ったら執拗だろう。あいつは日々学ぶ。自分のことは棚に上げておいて、俺はあいつに厳しい。クロスバーで大車輪。いつまで「一緒に入ろう」などと言い続けるのか。戯言を抜かしたいだけなのか。俺の素っ気ない切り返しを期待してランチキルカルカラン。「いいよ」なんて言われたらランチキルカルカYEAH。もう生涯おまえと風呂に入ることはないのかしら。
 俺は少しだけ腹に力を込める。
「一緒に風呂に入ろう」
 いつまでも幼いあいつが駆けてくるか。「いいよ」なんて気紛れにキミが現れるか。俺は耳を澄ます。部屋は静かだ。どうせあいつはヘッドホンで耳を塞ぎながら、ゲームでもしている。キミはタブレットに透き通る指を滑らせながら、次に注文すべきコンシーラー探している。
 俺はさらに力を込める。
「一緒に入ろう」
 ふいに浴室のドアが開く。そこには少し肉付きのよくなったキミと、モヤシのようなあいつが立っていた。目を疑う。なにせ全裸が二体だ。風呂だから当然と言えば当然か。鈍なときだって一続きの俺を保ってきた。思わず湯面を撫でながら歌い出す。
 ランチキルカルカ ランチキルカルカ ランチキルカルカ ラン♪
 ランチキルカルカ ランチキルカルカ ワナビーおっさん YEAH♪
 あいつはケロリン湯桶をひっくり返して打ち鳴らす。キミはかんまし棒を握って、冷たくなった指先でフィンガーピッキングをはじめた。