文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

コショ 肋骨編(哲ロマ)

まずはじめに1つ、嘘をつかせてもらいたい。


二十代の前半ほとんどをロンドンで過ごした。


はい。気が済みました。


「二十代の前半ほとんどを」と始まったのなら「ロンドンで過ごした」と続けたい。もしくは「牢獄で過ごした」でも良い。けれどそれは嘘になってしまうから、でも言ってみたいから。

気が済んだ。では、改めて。



二十代の前半ほとんどを古本屋のアルバイトで過ごした。



別に本が好きで始めたわけでもなく、ただただ一人で店番するような、誰とも一緒に働かなくて済むような、そんなアルバイトは無いだろうかと情報誌を毎週眺めて、住んでたアパートから三駅離れたのんびりした町の小さな古本屋の募集に飛び付いた。


こだわりも何も無さそうな店長が、務めていた会社を辞めて始めた店。今ではなかなか見かけなくなったが、エロ本含めて何でも扱う何のこだわりも無さそうな店。トンガった人やお洒落な人、ほっこりスローライフに目を血走らせ歯を食いしばり、血反吐を吐きながらほっこりスローライフに命をかけている人、そういう人達が集まって来ない店。間違ってもBRUTUSの古本屋特集に載らないような、そんなこだわりの無さも気に入って、俺は飛び付いた。


一つ隣の駅前に2号店をオープンさせる、そのタイミングでの募集だった。なので当初の目的であった「誰とも一緒に働かない」とはいきなり真逆。新店の準備という、1号店のアルバイトも店番を残して全員集合。店長含めみんなでわいわいと深夜までマンガやら文庫やらエロ本やらを運んだり拭いたり値段付けたり棚にならべたり、と、最初の仕事はだいぶ賑やかな感じだった。

ショートホープを吸い寡黙で細身で長身のハードコアバンドのライブに行って肋骨にヒビが入った状態だという一番古株の人、体格が良く怒らせたら肋骨にヒビを入れられそうな極真空手の使い手、肋骨にヒビが入ろうが昼間はスロット夜は行きつけのBARに通うチャラい大学生、肋骨にヒビが入ったレントゲン写真を部屋に飾っていそうな美大生、そんな個性豊か過ぎてワンペアも揃わないポーカーのような先輩アルバイト達に混じって、俺はひたすらに、肋骨に気を付けながら、本を運んだり拭いたり並べたりした。

色々とぼんやりとした記憶を辿りながらオープン準備の事を書いているのだが、1つだけしっかりと覚えている事がある。その時俺は黒夢のTシャツを着ていた。


そんなオープン準備も終わり、肋骨メンバーとも一言二言、俺から声かけられるぐらいに距離は縮まり、距離が縮まったところで基本的に一人で店番するアルバイトだったので、肋骨だよ!全員集合!がどれだけレアな事だったのか後々知ることになる。


「レジはこう打ってこう、あとは買い取りが来たらざっとマニュアルみたいなの書いてあるから査定して、なんか凄そうな本持って来たらあとで査定する言って預かって、あと電気がここでシャッターがここ」

厳しい新人研修も終わり、ついに念願の一人店番が始まった。

俺は早番。11時オープンから19時までの早番。1号店と2号店を掛け持ちする早番。基本、店長と俺が早番。他の肋骨達は大体が19時〜閉店深夜1時までの遅番。俺は早番。早番王に、俺はなる。



1号店はボロかった。


午前10時半ぐらいに店に行く。シャッターを開ける。鍵を開けて店に入る。電気を点ける。タバコを吸う。タバコを吸いながらレジを開けて釣り銭を見る。両替が必要なら銀行に行く。タバコを吸う。引き継ぎノートを見る。

「閉店まぎわに買い取り来た。ごめん。預かり。よろしく」

「◯◯さん!◯日、早番と遅番交代できます?」

「昨日鍵が開けっぱなしでした。注意して下さい。」

「◯月◯日、下北沢、ライブ」

「帰省しました。萩の月、食べて下さい」

「◯月◯日、大会の為お休み頂きます」

「また鍵開けっぱなし!注意!」

バンドのライブ告知から萩の月まで、色々と書いてある引き継ぎノートをざっと見て「了解」だの「済」だの「おいしかったです」だの「今日もカギ開いてました」だのを書いて閉じる。タバコを吸う。


半地下になっている店の入口から階段を34段「本」と一文字だけ書かれた無駄にデカい看板を抱えてのぼる。看板の縁には電飾が施されていてコードを店先のコンセントに差し込むと、たぶん、黄色ぽい光が「本」のまわりに輝き、たぶん、点滅したり回ったりして、たぶん、深夜1時まで営業している事を、すごくアピールしただろう。たぶん。

壊れていた。

自分がこの店に来た時にはすでに壊れていて、それから数年後辞めるまで、1号店の「本」はずっと壊れていた。ズボラな店長が放置し続けた結果だ。

俺は「本」が輝く姿を見ないまま、それでも毎日、輝きもしない無駄にデカい「本」を毎朝抱きしめるように、いや、土俵際ですごく良い勝負している力士のように、34段階段をのぼり、うっちゃりで勝った。タバコを吸う。


うっちゃり開店準備が済むと、眉毛も薄く当時金髪だった俺は、自分で言うのもなんだがそんな見た目でも結構真面目だったので、ホウキで入口を掃除して、モップで店内の床を拭き、時には水で濡らし硬く絞った雑巾で「おい、お前、さっきのは良い勝負だったな、今日は階段から落とされっかと思ったぜ」などと「本」を拭いたりした。

掃除はなんとなく、開店してからやっていた。こんなのんびりした町の古本屋に、とくに平日なんか、開店直後から客が来るわけもなく、掃除をして棚の整理をしながら最初の客を待った。


あしたのジョー全巻セット売れてる


昨日買い取って出したばっかの池波正太郎の文庫ごっそり売れてる


リリーフランキー入ってる今日これ読もう


好きな音楽や好きなラジオをかけた開店直後の店内を、あちこち少しだけ間違い探しのように品揃えの変わっている棚を見て回る午前中がとても好きだった。


何のきっかけも無く突然急に「俺、将来どうすんだろ」と不安になるのを缶コーヒーとタバコの一服で誤魔化しながら「今日遅番誰だっけ、あ、俺より将来不安そうな奴だわ」と安心しながら、いつの間にか百円コーナーを物色していた客が持って来たボロボロの岩波文庫を一冊、レジを打って、やっと、1日が始まった感じがした。


105円です。



(気が向いたら)つづく(かもしれない)