文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

中村似の男(puzzzle)

 中村俊輔が743日ぶりにゴールを決めた。特にサッカーファンというわけではない。所詮J2の試合だからネットでしか騒がれない。それでも俺はタイムラインに流れてきたそのニュースをクリックしていた。
「2年以上もシュート決めてなかったんだ」
 モニターに向かう俺の背後からアネの声がした。驚いて振り返る。
「鍵開けっぱなしだと泥棒入るよ」
「ピンポンくらいしろよ」
「したよ。あんたサッカーなんて好きだったっけ?」
 小さく首を振る。アネは昭和の懐かし映像みたいな格好で、敷きっぱなしの布団にハンドバックを放り投げた。
「今日も収穫なぁし」
 別に何も尋ねてはいない。それでもアネは真っ赤な唇で喋り続ける。
「そうそう。中村俊輔似の男がいるとか、それくらいの前情報しかなかったんだよね。ちょっとヤバいんじゃないかと思ってたんだけど案の定。大体、中村俊輔はサッカーをしているから格好いいんであって、中村俊輔似の男なんて大したことあるわけないじゃない」
 アネは顔にうるさい。男だけでなく、自分にも。かつてMEGUMIに似ていると言われて腹が立ったと言っていた。ホンジャマカではない方のかつてのグラビアアイドルだという。女なのか。俺はそのアイドルをまるで知らない。アネに似ている(アネが似ているのか)と聞いた時点で、おかっぱ頭のパッとしない顔なのだろうと想像し、調べる気にもなれなかった。
「悪い人たちじゃなかったけどね」
 そうですか。
「お風呂借りるね」
 アネは次々と服を脱ぎ捨てていく。近くで合コンがあると、俺のアパートに泊まっていくことがいつの間にか慣例になっていた。合コンの後に弟の部屋に泊まる。それは惨敗を認めているのではないか。
 シャワーの音だけが鳴り響く1Kアパートで、マウスに右手を乗せたままぼんやり画面を眺めた。中村俊輔は皺だらけの顔で喜びを露わにして人差し指を突き上げていた。ろくにサッカーを知らなくとも、かつて日本のエースだったことくらいは知っている。この写真はとてもいい顔をしていいるけれど、アネの言葉が分からんこともない。気づけばシャワーの音が止んでいる。それでも風呂から出てくる様子はなかった。おかっぱ頭にリンスインシャンプーでもしてるのだろう。俺は次第に苛立ちはじめていた。
 今日、アルバイトにえらく可愛い女の子が入ってきたのだ。
「グッジョブ」
 鼻息を荒らげながら親指を立てる俺に店長は首を傾げた。そして、客足の少なくなった時間帯に古びたレジの打ち方を教えていると、背の低い彼女は上目遣いに言った。
「俊輔に似てるって言われたことありませんか」
「しゅんすけ?」
「あ、中村俊輔。横浜FCの」
 ろくにサッカーを知らなくとも、かつて日本のエースだったことくらいは知っている。それを褒め言葉以外に捉えることができなかった。ショートカットの目の丸い女が上目遣いに尋ねてきたのだ。その喜びは743日ぶりのゴールに匹敵した。
 思い返すだけで人差し指を突き上げそうになるが、直ぐにアネの言葉が蘇る。中村俊輔はサッカーをしているから格好いいのであって、中村俊輔似の男なんて大したことがない。おかっぱ頭の目の細い女が上から目線で扱き下ろす。
 俺は大きく首を振る。そして、マウスはショッピングのアイコンをクリック。餓鬼の頃の記憶を引っ張り出し「モルテンタンゴ」と検索した。