文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

40,41/101(xissa)

 

貝柱に秋の風

 


昔。隣の敷地にびっちり新しい店が建った。一階の店舗はともかく、居住部分の二階の窓も完全に潰れてしまった。祖父はそれについて何も言わなかった。お互い町に住まわせてもらっている身だから、と言っていた。二軒は並んで何事もなく商売をしていた。

20年も立たないうちに隣の雑貨屋は取り壊しの話が出た。老朽化に伴い、だそうだ。雑貨屋の店主はうちの店をうらやましそうに眺めて引っ越していった。隣家より更に古いうちの店はまだ老朽化してはいない。ように思える。そりゃあ持ってきた材料ぱたぱた貼り付けて作った店とは違う、と祖父は言った。うちの店はわしの幼馴染が最初の仕事で建てたんだからな。

大きな音がした。驚いて外に出てみるとがっさりと隣はなくなっていた。ブルーのシートの奥にうちの建物の外壁が見えた。小学校に上がるくらいまでは見ていたはずなのに忘れていた。目に珍しい黒ずんだ木の壁の上の方に窓が二つ並んでいた。見えなくなってしまうことなど考えてもなかったようにきれいに焼いた木をきっちり組んだ、立派な壁だった。

 

隣が更地になってしばらくすると役所の人がやってきた。再開発で新しいビルを作ります、という話をした。最優先で新しいビルに入れますから、次地震が来たらおたく倒れちゃうかもしれませんよ、ずいぶん古いし。お客様に迷惑や、怪我なんてことがあったらどうするんです、保障なんて今たいへんなんですよ。

たくさんの紙切れを置いてその人は帰っていった。時代なんかのう、と祖父が呟いた。

気がつけばこの古い一帯は閉店の貼り紙が多くなっていた。夜だけリアカーで営業する飲み屋も来なくなった。昼でも夜でも薄暗かった祝町小路も根こそぎショベルカーが持っていった。町はすみずみまで暴かれ風が通って清潔で明るい。おかしな匂いの、わけのわからないものがとぐろを巻いているような場所は次々と姿を消していった。

もうやめどきかの。祖父は自分の焼いたきんつばを半分に割って食べた。私に半分くれた。祖父のきんつばをかじりながら、私は外壁のことを考えていた。

 

 

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さびしい場所でスイカが冷えている




日当たりの悪い部屋で応接セットの椅子に寝かされている。椅子は布張りで、私はその生地のループした糸を見ている。深い青緑色と黒の硬い糸だ。ところどころに金糸が混ざっている。ほっぺたに当たって痛かった。

たまに思い出す不思議な記憶だ。生家に応接セットなどあったかどうか覚えていない。私は多分まだはいはいさえしていない。

もう一つは縁側の記憶だ。かさかさに脂の抜けた木の廊下に転がっている。顔が持ち上げられるようになっていたらしい。目の前の小さな庭にある、先端に丸い実と枯れた葉のついた棒っきれを見上げている。音もない曇天だ。多分見ていたのは花びらの落ちたバラだろう。

 

本当に覚えているのか思い違いなのか、もしかすると夢に見たことがあったのかもしれない。写真か何かで見たのかもしれない。何度も思い出してはどうしようもなくまたしまい込む。ずっと持ってまわっている。もうそれが事実なのかどうかもどうでもよくなった。瑞々しい光景はすべて危うい記憶の中だ。今ではもう遠くも近くもよく見えない。