文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

38,39/101(xissa)

 

ひまわりの影が細い


連れてこられたのが夜中だったので気がつかなかった。あかりひとつなく真っ黒に見えていたところは全部池だった。葦簾一枚ひっかけただけの二階の窓から今は茶とも紺ともつかないひたりとした水面が見える。あまり眠っていないがすっかり目が覚めてしまった。夜が明けるにはまだもう少し時間がある。薄い光の中で池を囲む町は静まり返っている。

この町の四隅にはおいなりさんがあるからね、逃げようったってそうはいかないよ、と昨日言われた。逃げやしない。どこを通ってどちらから来たのか、もうわからない。

そよぐほどの風がくる。風鈴が鳴りもせずにくるくる回る。着いたまま足の泥も落とさずに昨日は眠ってしまった。あら、蚊に咬まれてる。窓のすぐ下の細長い庭にひまわりが一列に咲いていた。朝が来るというのに大きな花は皆うなだれている。

どちらにしろ五年はここにいなければならない。誰かが水を汲む音がする。五年は長いのだろうか、短いのだろうか。そのあと私はどちらに向いて帰るのだろうか。鳥が鳴いた。

 

 

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捨てられた扇風機が空を見上げている

 

知らないうちに撃たれていた。生温かいものが足にまとわって気がついた。凄い勢いで血が流れている。そんなものなのだろうか。気がつかないにもほどがある。腰が熱い。気がつくと痛い。押さえてみるが出血は止まらない。なんかいろいろどうしようもない。壁の切れ目に転がりこんで座り込む。楽か楽でないかはもうよくわからないが、らしくなった、とは思う。目を閉じる。このまま「撃たれた人」として私は死ぬのだろう。失血死だ。しばらく時間はかかると誰かが言っていた。命をめぐるさまざまな衝撃にずるずると体勢を崩す。生温かい中にまだらに冷気がのぼってくる。そうだろう、そうやって血が抜けていくのだろう。穏やかに転がってお祈りのひとつでも唱えて召されるつもりだったが、これはこういうものなのだろうか。何かの歌が頭の中を流れ始めた。

 

心臓の音が響いているのだと思っていた。そこに突然口笛が乗ってきた時には自分が死にかけていることを忘れた。気力をフル起動させて曲を追った。なんだ、これは。多分すごく古い曲だ。子供の頃。ラジオ、そうだラジオだ。ラジオで聞いた。ググりたい。もう無理だ。このままじゃ死ねない。男の、ちょっとクセのある声。誰だっけ、歌詞もわからない。ていうかこの曲まともに聞いたことあるのか、CMかなんかのつまみ食いメロディーじゃなかっただろうか。

一気にそこまで思って、血まみれで言うのもなんだが冷静になった。そして絶望した。なぜ今これなんだろう。こんな、これまでの人生で真剣に向かい合ったことなど一度もなさそうな、記憶をかすったくらいの曲がなんで出てきたのか。人生の最後を飾る音楽ならもっと他にあるだろう、好きな曲や懐かしい曲、何度もライブに足を運んだ歌手だっていた。せめて一緒に歌える歌ならよかったのに。そういうのはみじんも聞こえてこない。この曲一択だ。四肢が他人のようになり、頰が冷えて攣る。曲はBメロに入る。ちーちきちーちき。ハイハットが小気味良いリズムを刻み、歌が転調する。

 

ごわごわのくちびるが冷たく痙攣した。この世の最後が何の思い入れもない謎の曲。悪くはないけど。まあ悪くはないけれども。