文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

日々(ボーフラ)

私が精神病棟の取材を終えて、帰りしな、自販機でコカ・コーラを買った時の事だった。旧知の知人に声をかけられた。彼はこの病棟で働いている。LINEを交換して、私はアパートに帰った。

そのまま連絡をする訳でもなく、私は、精神病棟の取材と並行して、ひきこもりの中年に対する取材をしていた。ひきこもりの中年、M氏と面会した。M氏はとても気さくな人で、とてもひきこもりとは思えない。ポジティブな内容で記事にするつもりだ。

M氏のアパートを出て、煙草屋の角を曲がった時に、精神病棟の取材の時に会った、旧友を見た。大きな紙袋を両手に下げていた。中身は何だろう。布のようなもので覆われていた。声をかけるようなタイミングではなかったので、私は、彼が郵便ポストの先の横道に入るのを見送った。

私の甥が、バーを経営している。経営は赤字黒字のトントンだと聞いている。私は、甥のバーに立ち寄ろうと思った。甥は、カクテルを作りながら、バーも不景気で困ります、と笑った。甥は、幼少時に発達障害だと診断されていたが、現在は、全く何の問題もなく暮らしている。私は、かつて発達障害だと診断された子供が、現在、どうなっているか、というのを取材しようか、と前から考えている。

もう23時だったが、出版社に寄った。守衛に聞くと、編集長はまだ残っている、と聞いた。古いビルのエレベーターで三階、編集部に入ると編集長は椅子に寄りかかって眠っていた。私が近付くと、ゆっくりと目を開けて、

「秘書がパクられてしまったよ」

と言った。あの件だな、と思った。私はCD-ROMに焼いた原稿を渡して、発達障害の件を編集長に提案した。すぐやれ、と言われて、取材費を10万円、渡された。こんな不景気な、電子書籍の時代に、こんな良い編集部はない。何故、こんなにキャッシュがあるのだろうと、不思議に思っている。

私は私のアパートに帰った。家では、ずっとレコードを聴いている同居人がいる。アフリカ人のボブだ。私は、ボブと抱き合って、キスをした。そうしないとボブは納得しないからだ。ボブのセクシャリティについて、私は、一度も聞いた事がない。二間プラス、キッチン、風呂トイレ別だ。

私はノーマルだが、ボブとキスする事については不快感はない。ボブはいつも同じレコードを聴いているし、食事も別なのだが、食事をしているのを見た事がない。彼は亡霊なのかも知れないと思っているのである。