文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

田舎の駅にて(ボーフラ)

ローカル線の知らない駅に用事があり、下車した。駅前にある自販機に、ここにしかない珈琲があると、ネットで読んだ。僕がそれらしき自販機に近付くと、その自販機は既に営業を停止していた。ネットの写真自体が嘘だった。そもそも場所が違う。騙された。次の列車までは1時間はある。
 
駅前にひとつだけ喫茶店があるので、そこで時間を潰す事にした。地元の客が数名、下品そうに話をしていた。マスターのおばちゃんも下品だった。しかし他に時間を潰せそうなところもないので、僕は珈琲を頼んだ。せめてここで珈琲を飲んで記憶に残そうと思った。地元の客はみな、クリームソーダを飲んでいた。
 
「ねえ、知ってる?珈琲飲むとインポになんだってよ」
「俺らはいつもクリームソーダだからな」
「珈琲飲むやつア、インポだな」
「違えねえや」
「ガッハッハッハ」
 
僕は非常に不愉快な気分になった。珈琲を飲む気も失せたので、まだあと40分はあるが、店を出た。おばちゃんは含み笑いで、地元の客は僕の方をギュッと睨んで、僕が店を出ると同時に下品に高笑いした。
 
僕は何でこんな嫌な田舎に来てしまったのだろうか。駅前のベンチに座り込む。空が陰ってきた。冷たい風。遠くから中学生の集団が走ってくる。僕はまた嫌な予感がした。
 
予感は当たった。
 
「都会モンは帰れ」
「クソ野郎が」
「こいつ喫茶店で珈琲飲んだってよ」
「なーに、気取ってんだ」
 
距離を詰めながら僕を罵り、小さな石を投げてくる。本当に当たっても痛くないぐらいの小さな石だ。僕は気が弱いので、こういう時は黙り込んでしまうのである。遠くから自転車のベルが鳴る。お巡りさんが来た。でもこれもきっと助けにならないだろう。
 
僕は駅のホームに行く事にした。中学生がお巡りさんと合流して、そのまま、僕を罵りながら線路の上に石を置いている。今度は大きな石だ。お巡りさんはそれを見て、
 
「ほう、置石か。この、バカ面が脱線して死んだら面白いな」
「そうでしょうお巡りさん」
「よし、電車を止めちまえ」
「都会人が死んだら青い血が噴き出すぜ」
 
何と僕は不幸なのだろう。それでも僕は黙っていた。電車が来たが、置石があるのでホームに入れない。車掌は、顔を卑屈に歪めて、
 
「嗚呼、置石か。逆に良かった」
 
と、僕の方を向いて言って、
 
「あんた、電車はもう今日は来ないから、ここに泊まってゆきなさい」
 
と告げた。そんな馬鹿な事があるか!こんなところに居ては、苛め殺されてしまう。僕は車掌を突き飛ばして、線路に降りて電車に飛び乗り、運転手の顔面を殴って突き落とし、自分で運転して帰る事にした。
 
置石なんて吹っ飛ばした。全力で進む。特急よりも早く、自分の住む街に帰るのだ。乗客が騒ぎ始めた。こいつらも地元の連中なのだろう。とりあえず運転席から爆竹を投げ込んで、しっかりと運転室を施錠した。大騒ぎになっているが、全く良い気味だ。
 
前の電車に追いついてしまった。このままでは追突してしまうだろう。僕はハンドルを上に切って、恵方の方の空へと飛び立った。
 
「このまま列車は恵方の空へと参ります」
「俺たちはまだ死にたくねえだ」
「夢でも見てんでねえだか」
「恵方とは吉方でございます。進行方向と逆を向いて、キュウリでも齧ってろ」
「せめて恵方巻にしてくんろ」
「贅沢言ってんのか、行商の婆さんのリュックの中にキュウリがあるのが見えてるから、そう言ってんだよ」
「仕方ねえな」
「このまま恵方の空へ参ります」
 
乗客はキュウリを齧り始めた。ようやく、僕はこの乗客をコントロールできるようになってきた。もういいや、と思って、僕は、雨の中で待っている象の子供のところに行く事にした。こんな馬鹿な事をしている場合じゃない、象の子供にたくさんの草を食べさせねばならない。
 
乗客は、全員突き落として、僕はタイに向かう。日系DJのマジョリカ福本、元気かなあ…。マジョリカ福本の選曲は、ダサくて良かったなあ。あのダサい選曲のラジオを聞きたい。僕は絶対タイまで行ってやるんだから。流れゆく車窓…。シベリアの大地を抜けて、僕はタイに向かっている。少し眠い。寝台のベッドで眠る。あとは誰かが運転してくれるだろう。遠くで象の鳴き声が聞こえてくる。パオーン。パオーン。僕は眠りにつく。