文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

井筒監督 (大伴)


先月の話。

近所の焼き鳥屋にひとりで入店。カウンター席に案内されると、左5メートルほど離れた席に先客がいた。男はすでに酔っ払っている雰囲気で、カウンター内の店長と会話に花を咲かせていた。

僕はそちらを直視することはなかったが、その特徴的なダミ声の関西弁、視界の隅でチラチラと揺れる偉そうな物腰から、明らかに「井筒監督である」とわかった。

芸能人には仕事上のキャラとプライベートでのそれが異なっている人も少なくはないと聞くが、店外まで聞こえそうなハッキリ通る太い声、(おそらく腕組みをして席にもたれかかり)喉から低く漏れる「んー」という唸り、店長の私生活に厳しくダメ出しをしながらもギリギリで空気を読んで一歩引く会話術、テレビの井筒監督そのものがそこにあった。

自分は決して井筒監督のファンでもなく、むしろあまり関心がないと言ってもよいので、カウンター席に客が二人きりという状況だとはいえ心を乱されたりすることもなく、己のペースで焼き鳥を注文し、ビールを飲み、ツイッターをチェックしたりした。

30分ほど経った頃だった。
わかりやすくベロベロに成り果てた監督のほうから、チラチラとこちらへ放たれる視線を感じとった。解せなくはない。カウンター席にたった二人。店長との話のネタもそこそこ尽きてきているだろう。もし彼が誰かとしゃべっていないと酒を楽しむことができないタイプの人間だったとしたら、並び席でおなじ料理を味わう人間に話しかけることも充分あり得るにちがいない。(自分でいうのもなんだが)とくにガラが悪そうでも不審者っぽくもないプレーンな眼鏡男が、ひとり静かに肉をついばんでいる。気づかいも含めてかもしれないが、監督はあきらかにコチラに話しかけようとしていた。

僕は正直なところ、困った。
これだけわかりやすい人を前にして、彼が井筒監督であるということをスルーしたまま会話を交わすのは不自然な流れになるに違いない。しかし、入店10秒で気づいていたにもかかわらず「え!まさか、井筒監督ですか!?」と今さら驚くような白々しい演技はできそうにないし、そもそも、自分は井筒監督の詳細を知らない。とくに最近の彼についてはまったくと言ってもよいほどに知識がなく、『ガチンコ』という番組で女優をビシビシやっていましたよねということくらいしかわからない。それ何年前の話だ。

有名人に対してこちらの都合で知識が無いというのは本当に申し訳ないことで、けっして相手を良い気分にはさせないだろう。わかっている。あと自分はこういうノリの酔っ払ったオッサンがとても苦手だ。僕は左半身から会話を拒むオーラを放ち、彼がこちらへ話しかけてこないように念じながら、つみれに辛子を塗って口に放り込んだ。こういったバリア作戦は幼い頃からわりと得意なほうで、自分はそうやって今まで生きてきた。その効力あってか、監督はこちらに話しかけることを諦めたようで、やがて大きな声で「お会計」と叫んで席を立った。僕は彼が支払いのため財布を注視した瞬間を見計らい、肩こりをほぐすような仕草で男の姿をハッキリと見た。井筒監督じゃなかった。

 

  

(終)