文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

ボジョレーヌーボー (大伴)

妻は風呂に入り、義実家のリビングには私と義父が残された。

義父とは仲が微妙なわけでもないが、そこまでフランクに会話を続けられるような関係でもない。どことなくこわばる空間。古いディズニーのクロックだけがリビングに時を流す。

義父は必要がなければ無理にトークを紡ごうとするような性格ではなく、つまり無言に耐えられる人間である。しかし私はどちらかというとそれが無理なタイプの人間なので、仮に会話ではなくともなにかしらのコミュニケーションを発生させていないと場に浮かんでいることができない。最近の出来事。周囲の物体。来日した超能力者のようにさまざまなものから会話の糸口となりそうなものを探す。

ふと、テレビの横になにやら透明なプラスチックのようなものが置かれているのを見つけた。近寄って確認してみると粉砕したハズキルーペであった。これは、と思い「ハズキルーペですよね」と尋ねたところ、「踏んづけて壊しちゃった」という。世に数多の製品あれど、踏んでもOKであることをあれだけアピールしているCMはハズキルーペとイナバ物置とゾウが乗る筆箱くらいしか私は知らない。義父が昔からなんでも踏んで破壊する人間だということは聞いていたが、よりによってハズキルーペをここまで見事に壊さなくてもよくね? と、そこを起点に会話を盛り上げようとしたところで妻が風呂からあがってきて、リビングには元の空気が甦った。

 

その晩はボジョレーヌーボーを生まれてはじめて飲んだ。3本もあけた。



(終)