文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

26,27/101(xissa)



おみくじが良すぎる

 

重い。軽々と踊って見せてはいるけど、このチュールやレースだらけのスカート。うろこみたいなスパンコール。じゃらじゃらするアクセサリーやかかとの厚いブーツ。ママが小銭のかたまり、って笑うこの装備は、多分全部で5キロくらいはあると思う。売れれば屋内だけど、私たちは外。冬は寒いし、夏は暑くてドロドロだ。

 

下っ端のトップ、っていう変なのがいる。私的にはいちばんかっこ悪いポジションだと思うけど、本人は真剣だし、ちょっと迷惑。交通費くらいしかギャラは出ないのに、なんでサマンサのバッグとかとっかえひっかえできるんだろう。自慢のバッグを指にひっかけてモデル歩きで来る。いつも一番最後に現場入りして、並んであいさつしないと怒る。友達に話したら、何それおみずみたい、って笑ってた。うん。あの人はすぐにでもそっちでデビューできる。

 

歌うのとか踊るのとか、かわいいのが好きでアイドルになったけど、アイドルってやる方は全然ふわふわじゃない。お客さんにはいつもにこにこかわいくしてるけど。わりとキツい子が多いし、そうじゃなきゃ多分やってけない。事務所の人、っていう大人もいる。この人たちに迷惑をかけるのは一番ご法度だ。お仕事なのにはずかしがってもたもたしたり、できないって泣いたりする子がいるけど、そういうのは迷惑。たくさんの人たちの大切な時間を奪うから。

アイドルになってから、迷惑、ってことをよく考えるようになった。これまで自分がだれかの迷惑になるとか考えたこともなかったのに。

 

どっちにしても17でやめる約束だから。

今しかできない、ってお願いしてゆるしてもらってるけど、基本ママは私がアイドルやるのが好きじゃない。ステージも絶対見にこない。別にいいけど。ママが思うほどちやほやなんてされてなんかいないし、この重い衣装がゴミになるのもちゃんと知ってる。

 

17歳まであと8ヶ月。そのあとの私はどうしてるのかな。



*********************



制服の自分が他人だった

 

教師になる気もないのに教職のクラスを取ったのは、教育実習に行きたかったからだ。

基本実習は母校に依頼する。私は母校に用があった。

 

中学の時、私は担任の女教師に嫌われていた。成績もよくなかったし、友達もいなかったし、まあ嫌われる材料はごまんとあったが、それにしても解せない嫌われ方だったように思う。引っ張られた左耳は今も調子が悪い。出席簿に線を引かれたり、ベランダに締め出されたりした。みんなの前で、だ。先生のやるとおりに生徒も従う。中学の三年間はさんざんだった。

彼女は今も同じ学校に勤めていることを知った。見に行こうと思った。今さら何がしたいわけでもなかったが、行って、もう一度見てみようと思った。

 

彼女と同じ数学の、教育実習生として私は母校の中学校に戻った。彼女は数学から家庭科へ担当科目が変わっていた。接点はなくなったが多分そっちの方がよかった。ちょっとほっとしたのだ。腹を決めたにしろ引きずられそうな自分が全くいない気はしなかった。

直接の接触はなくても職員室にいれば彼女は見ることができた。そう広くもない職員室なので、気にしていれば視界に止めておけた。よく実習生の所に来て誰かと話していた。少し離れた場所で教材の準備をするふりをして話を聞いていた。昔から変わってない髪型、喋り方。輪郭はぼんやりした気がするがあの頃と同じような表情を今もする。自分の記憶と答え合わせをするようにちらちら見た。意識なく教科書をめくっていると、チャイムが鳴った。

 

中2の生徒に一次関数を教える実習は楽しかった。生徒も懐いてくるとかわいく思えてくる。担当の先生もいい方で、私が本気で教師になろうとしていると信じて疑ってない。たくさんのアドバイスをくださる。生徒たちとも遊ぶ。弁当も一緒に食べる。毎日新しいことが押し寄せて、彼女のことどころではなくなった。

そうやって何事もなく一週間が過ぎ、残りの一週間もまたたくまに過ぎていった。

 

最後の授業の前日、誰もいない教室で私は板書の練習をしていた。明日使う数式やグラフをひととおり書き終わって後ろの席に座って眺めていると、賑やかな声がして入り口のドアが開いた。家庭科の実習生を従えた彼女が立っていた。

板書の練習? と言いながら彼女は教室に足を踏み入れた。今から、みんなでお茶しにいくんだけど、あなたも来ない?

ここへ来て初めて彼女の顔を真正面から見た。小さな目をしばたかせてこちらを見ている。彼女は私に関するすべてを忘れているようだった。

私は何をしているのだろう、と思った。こんなことまでして、自分が嫌った生徒が戻って来た時、彼女はどんな顔をするのか見たかったのか。謝られたかったのか。後悔してもらいたかったのか。覚えているのは私だけだった。私は昔この顔の前で、何をされてもへらへらしていた。立ち上がって、返答を待つ彼女をさらに見た。名残りの夕日に照らされた彼女はちいさな、ただの老婆だった。

 

愛想笑いを、するな。

 

そうだ。それがくやしかっただけなのだ。

 

彼女が去って、私はまた黒板の前に立った。

一次関数のグラフは必ず直線だ。一点ともうひとつ。2点わかればすぐ描ける。大きな三角定規を黒板に当てて線を引く。身体を大きく使って一気にいく。チョークが砕けて最後のところがちょっと曲がった。