文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

学級会(ボーフラ)

「それでは、学級会の歌を歌います」

 

みんなの目配せが、ヨシオの周縁に集まる。ああ、まただ。ヨシオは恥ずかしさでいっぱいだった。ヨシオの兄が作詞作曲した、学級会の歌をまた、学級会の終わりに歌わなくてはいけない。先生がオルガンを弾いて、学級会の歌が始まった。

 

♪みんなの意見を言いあって
 仲良くしようこのクラス
 素敵なアイディア見つけたら
 みんなで叩いて良くしよう

 それポコポコポコ
 それポコポコポコ

 アイディア叩いて良くしよう♪

 

ヨシオは、みんなと一緒に、学級会の歌を一生懸命歌った。恥ずかしくても、お兄ちゃんの作った歌だから。冬の風が、窓ガラスにぶつかって、がたん、がたんと揺れている。もうすぐ冬休みだ。月に一度は、この学級会の歌を歌わなくてはいけない。こんな苦痛があるだろうか。

 

お兄ちゃんがヒマ人で、ヒマにあかせて、お遊びで作った曲を、みんなで歌うなんて、何てこっ恥ずかしいんだろう。お兄ちゃんが、あんまりにも仕事がないから、学校が可哀想に思って、採用してくれたんだ…と、ヨシオは、小学生の脳みそで、ぼんやりと、そして勝手に思い込んでいたのであった。

 

歌が終わると、すぐにそのまま、下校の時間になる。隣の席のミチエが、

 

「ねえ、ヨシオくんのお兄さんって」
「何だよ」
「無職?」
「うん…」
「遊び人でしょ?」
「うん…」
「賢者に転職できる?」
「ドラクエじゃないから」
「カッコイイ?」
「うるさーい!」
「ねえ、カッコイイ?」
「知ら~~ん!!」

 

ヨシオは、そのまま、顔を赤くして、ブンブンブンブーンと、マリオ3のミニクッパの真似をしながら、隣のクラスに飛び込んで、ケンジを誘って、学校の小さな裏山で基地ごっこをする事にした。ケンジがショウイチ、ハナコを連れてきたので、ヨシオ+ケンジが裏山の国、ショウイチ+ハナコが裏山の隣にある大きな木の国だ。ショウイチは力が強く、ハナコは知恵があるので、裏山の国は、木の国に滅ぼされてしまった。ハナコはエアガンを持っていたし、ケンジはビックリマンの話ばっかりしていて、ちっとも戦争を真面目にやってくれなかった。

 

夕方になったのでランドセルを背負って、みんなで騒いで帰る。

 

ヨシオが家に帰ると、ヨシオの兄が、家の窓ガラスを拭いている。掃除をしてくれているのだ。ヨシオは兄の手伝いをして、窓ガラスが拭き終わると、兄と一緒に蜜柑を食べた。

 

「ヨシオ?」
「何だい、お兄ちゃん」
「俺の歌、本当に歌っているのか?」
「歌ってるとも!お兄ちゃんの歌は、うちの学年の全部の、全部の学級会の終わりに歌っているよ」
「そうか。嫌じゃないか?」
「ちょっと恥ずかしいけど…」

 

ヨシオの兄は、悪戯っぽく笑って、不意にテレビを点けた。NHK教育チャンネルが映った。

 

「学級会の歌」

 

テレビはそう告げて、ヨシオの兄の歌を流した。ヨシオは、びっくりした。

 

「これはお兄ちゃんの歌じゃないか」
「そうだよ。兄ちゃんは、ミュージシャンなんだ」

 

プータローだと思っていたヨシオの兄は、ミュージシャンであった。いつもピアノやギターを弾いてふざけているだけかと思っていた。近所で飲み歩いて、ビリヤード場の前で朝まで寝ていたって近所の噂になった事もあった。

 

「お兄ちゃん凄い!」
「ヨシオには言ってなかったけど、こういう子供向けの曲とか、歌謡曲の編曲のサポートとかをしているんだよ」
「紅白に出れる?」
「紅白のミュージシャンのゴーストならやってる」
「よくわからないけど、凄い!」

 

野良猫が、また、家に忍び込もうとしている。すり足で、少しずつ、家の引き戸を、体で強引にこじ開けようとしている。ヨシオは、どたどたどたっと引き戸に駆け寄って、奇声をあげて、野良猫を追っ払った。野良猫は、植木鉢を倒して、金切り声をあげて逃げていった。ヨシオは、ににんがし、ににんがし、と、カニの真似をして、お道化て、そのまま自分の部屋にでんぐり返しをして入った。

 

ヨシオの兄は、それを見て、嬉しそうに微笑んでいた。こんな幸せな日々がいつまでも続けば良いと思った。遠くから工場のサイレンの音が聞こえてくる。それを聞いて母が晩酌の支度を始める。

 

全ては夢のようだった…昭和のあの日の事だった。

あの日から…時の流れは残酷に流れて…。

 

 


Inspired by オレンジの海