文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

マライアとハチミツの棚(井沢)

大丸ピーコックにて。
マイケル坊やの「ママがサンタにキスをした」の歌声。
あーいそ まみー きしん せあーんたくろ〜ず
続いてマライア・キャリー。

急に寒くなった空気を見ないふりするようでかえって引き立てる電飾。東京都下のスーパーにもクリスマスは来る。電飾の巻きつけられた植え込みよりも街路樹のトウカエデの葉の赤。黄。レンガ色。からし色。らくだ色。それが常緑の上に落ちコンクリートの上に重なり、まごう事なきクリスマスカラーだ。

そしてマライア・キャリーである。
一番有名なアレではなくて、別のしっとりしたクリスマスソング。知っている。出だしもサビも2番もひたすら低音で、最後にそれでの4オクターブぐらい上の笛みたいな高音声を轟かせる歌だ。
その低音部分を聴きながら
茫としてハチミツを眺めていた。
よし、あの高音を聴いたら気合い入れるぞ
と意味なく強い心で決めて

棚の前で耳だけ使って立っていた。

2番の途中ぐらいのことだった。

ぴんぽんぱんポーン

えー本日は大丸ピーコックにご来店くださいまして誠にありがとうございます。当店では、これより4時からタイムサービスといたしまして、台湾産バナナ1房60円にてご奉仕させていただきます。なお青果コーナーにおきましては、熊本みかんがたいへんお求めやすくなっております…

それからアナウンスは総菜コーナーでできたてが並んだことや、インスタント・コーヒーが特別価格でご奉仕されていることや、精肉コーナーではステーキ用国産牛肉が特価であることなどを次々に報じ、
それではゆっくりお買い物をお楽しみ下さい、と締めくくった。

思い出したように曲のチャンネルに切り替わる。もうマライア・キャリーは終わり、次の曲も終わり、次の次のクリスマスソングが曲の途中からボリュームを取り戻して流れている。

ハチミツ棚の前で立ち尽くしたまま、お買い得インフォメーションを得てしまった。
気合い、入らなかったなあ。
頭の中ではマライアがくすぶったまま。

そんなわけで

気合いも入らなかったので

めざせまるきん(¥50)のみを購入して

大丸ピーコックを後にした。

クラッカーと土鍋を買いたかったんだけどな。外に出るとむしろない方がいいと思っていた電飾が点滅しはじめていた。