文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

スピーチルーレット(仮) (紀野珍)

 にやにや笑いながら天野が馬場と近田のもとにやって来た。
「お。にやにや笑いながら天野がやって来たぞ」
「またおかしなことを企んでるんじゃないか」
 シリアルキラーもかくや、という常人ぎりぎりのにやにや笑いを浮かべたまま、天野が話しかける。
「おもしろいもの作っちゃった。これ」
 スマートフォンをふたりに向けて差し出す。
「なんだ、アプリか」と馬場。
「スピーチルーレット?」と近田。
 スマホの液晶画面には、上から、〈Speech Roulette〉なるタイトル、横に長い長方形の枠、〈START!〉と記された赤いボタンが並んでいる。
「なんじゃこりゃ」とスマホを受け取った馬場に、「ボタンを押してみてよ」と天野がにやにや言う。
 馬場が〈START!〉をタップすると、「ピッ」と音がし、長方形の枠の内側——リールが回り始める。リールには文字らしきものが書かれているようだが、回転が速くて読み取れない。
「ルーレットじゃなくて、スロットじゃんか」と馬場。
「あ」天野のにやにやが消える。「あとで直す」
〈STOP!〉に変わったボタンを馬場がタップする。ピピッ。電子音をきっかけにリールがゆるやかに回転速度を落とし、やがて止まる。ピーン。枠内に表示された文字は——。
「〈かなカナ〉だって。——で? これで終わり?」脇からスマホを覗き込んで近田が言う。
「なニがオもシろイんダ、おイ」と馬場。
「あっ」
「あッ」
 馬場を見る天野の顔には、ふたたび凶悪な笑みが貼り付いている。
「おまえ、喋りが……喋りの感じが変わってる!」と近田。
「うン、じブんデもワかル。いワかンがハんパなイ」
「なるほど、〈かなカナ〉ってこういうことか」
「どう? おもしろいでしょ?」と天野。
「あイうエおカきクけコ。うエー、きモちワりー。イつモとオなジよウにシゃベっテるダけナんダけド、ぜンぜンちガう。ドうナっテんダこレ」
「あまり長く喋んな。聞いているこっちも気持ちわりい。尻のへんがもぞもぞする」近田が身体をくねらせる。
「——ん?」馬場が一瞬固まり、眉根を寄せて天野を睨む。「ちョっトまテ。もシかシて、ズっトこノまマ?」
 近田も天野に視線を向ける。
「心配御無用。何度か発話すれば効果は切れるよ。そうね、だいたい5回くらいかな」
「あセっタあ。テいウか、サいシょニぜンぶセつメいシろヨこノやロう」
「んふふふふふふ。いきなり体験するのがてっとり早いでしょ。百聞は一見に如かず、ってやつ」
「いい趣味してやがんな、てめえ」
「あ、戻った」近田が気付く。
「あーあー」馬場は声を出してたしかめる。「ほんとだ。よし、ちゃんともとに戻ることが分かったことだし、つぎは近田くん、いってみようか」スマホを手渡す。
「合点。たしかにおもしろいわ」
 近田がスマホを操作する。ピッ。ピピッ。
「これ、どれくらいパターンが入ってるんだ?」馬場が天野に訊ねる。
「ちゃんと数えてないけど、いまのところ50くらいかな」
「そんなにあるのかよ。ボタンを押した人間の喋りが変わる、ってことだな」
「そうそう。〈STOP!〉を押した人のね」
 ピーン。
 近田がスマホの画面をふたりに見せる。〈3倍〉。
「どどどううう??? 変変変わわわっっったたた???」
「うわあ……」と渋面で馬場。
「なななににに引引引いいいてててんんんだだだよよよ」
「すっごい気持ち悪い。音も見た目も」
「見見見たたた目目目??? なななんんんかかか自自自分分分でででももも声声声ががが間間間延延延びびびしししててて聞聞聞こここえええるるる」
「おまえの足もとだけ揺れてるみたいだな。——あ。ちょっと待って。喋るなよ」馬場は尻のポケットから自分のスマホを取り出し、画面の上に指を滑らせる。近田にディスプレイをかざして問う。「このタレントの名前は?」
「おおおのののののののののかかか」
 爆笑が起こる。発言した本人も腹を抱えて笑っている。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「あっ。まずい」どんどん紅潮していく近田の顔を見て、天野が青ざめる。
「〈3倍〉中の大笑いは危険だ」馬場も慌てる。
「笑いを途切れさせよう。口を押さえて」
「よし」馬場は涙を浮かべて笑い続ける近田の背後に回り、両手で口を塞ぐ。
「はははははははははむむむぐぐぐ」「ははははははむむむぐぐぐ」「ははははむぐ」
「オッケーオッケー。収まったみたい」と天野。
「死ぬかと思った」まだ赤みの残る顔で近田が言う。「なにしてくれてんのおまえ」
「すまんな」馬場は平坦な口調で謝罪する。「閃いちゃったもんで」
 ピッ。ピピッ。
 いつの間にか天野がスマホを手にしている。
「おまえもやるのかよ」近田が言う。
「ん? 順番的につぎは僕でしょ?」
「順番って……。まあいいや。——しかし、大丈夫か、これ」
「なにが」馬場が聞き返す。
「思い付きだけの、情緒もへったくれもない野郎三人の悪ふざけを垂れ流して。怒られやしないか」
「そんなことか。ここは文芸、つまり文を使った芸を披露する場だ。思い付きだろうが悪ふざけだろうが、芸にはなっているだろ」
「なるほど。作者はそう考えているんだな」
「うむ。おもしろいかどうかは知らん、とも考えている」
「なに開き直ってんだ」
 ピーン。
「よた出がつやのり入に気お。たっや」
「あ?」と馬場。
 天野が差し出すスマホを近田が受け取る。
「〈逆さま〉だって」
「ああ、逆から読むのか」納得しかける馬場。「いや、読むってなんだよ」
「しるあも合場いなのうよし音発はてっよにび並の字文。よいなきでうつふ、てっるげ上み読らすらすらかうほの尻おを章文。れこうょしで議思不」
「長えよ!」「めんどくせえ!」
 馬場と近田が同時につっこむ。
「?いいてみてっ歌曲一かんな」

 ぶっ殺すぞ。

「!っいひ」
「出てきたな、創造主が」と馬場。
「神を怒らせたら消されるぞ、天野」と近田。
「たしまり乗に子調。いさなんめごいさなんめご」
 近田が馬場にスマホを渡す。
「はい、つぎはきみの番」
「えっ。まだやんの?」
「あと一周くらいやろうぜ。せっかくだし」
「うえー。こえーよ。また〈3倍〉みたいなやつ出たらどうすんの」
「あれ系、ほかにあるの?」近田が天野に訊く。
「よるあでま〈倍01〉」
「まだ続いてるのかよ。鬱陶しいな。ええと……〈10倍〉!? 馬鹿じゃないのおまえ」馬場が目を剥く。
「いいからいいから。何倍が出ても笑わせたりしないから。ほれ、早く回せ」近田が急かす。
「うえー。やだなあ」
 ピッ。ピピッ。ピーン。
 馬場はしばらく画面を凝視したのち、得心の面持ちでふたりに目を移してにかっと笑う。
「 キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!  」
「わははははははははは」
「〈AA〉だ」とノーマル天野。
「 (・∀・)イイ!! 」
「おもしろいけど、どうやって喋ってんだ」
「 ( ゚Д゚)? 」
「記号だけでも言いたいことは伝わるものだねえ。やっぱりAAって偉大な発明だ」感じ入ったように天野がこぼす。
「これは女子ウケもよさそうだな。おまえ、ずっとそれでいろよ。一生」
「 ( ゚д゚)、ペッ 」
 近田が馬場の手からスマホを奪う。
 ピッ。ピピッ。
「おかしなのが出ませんように」
 ピーン。
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「 プギャ━━━━━━m9(^Д^)━━━━━━!!!!!! 」
「最高に面倒、もとい、おかしなのが出たね」
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「へったくそな字だもんな」〈AA〉から解放された馬場が毒づく。
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「みじかっ」と馬場。「手抜きすんな。書き文字ならではの愉快なこと言えよ。やれよ」
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「こいつ、さっさと終わらせようとしてる!」
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「じゃあつぎぼくー」
 ピッ。ピピッ。
「あ。お。よし、終わったな」
 ピーン。
「じゃ ん。さ 、 れはな でしょ ?」
「〈虫食い〉とかだろ」馬場が醒めた顔で応じる。
「 名答!」
「ここにきてとんでもなくオーソドックスなもの出しやがって。空気読め」近田も真顔だ。
「え へ。ラン ムだ  しょ がな よね。さて ふた回 した  だし、別 モード 挑 し うか」
「うおおお。音飛びしてるCD聴いてるみたいで苛々する」両耳の付け根を掻きながら馬場が言う。「——別のモード?」
 天野がスマホをふたりに向ける。画面上部のタイトルが〈Speech Roulette×2〉に変わり、リールがふたつに増えている。
「まさか、2種類の項目が組み合わさるってこと?」と近田。
「 のと り!」
「無理無理無理無理」近田が激しく頭を振る。断固拒否のジェスチャー。
「え ー。やろ よー」
「楽しめるのは1個までだって。ダブルになったら発言が成り立つわけがない。というか、発狂するわ」
「そうそう。俺らはもう充分堪能したから、続きはおうちで、ひとりでやりなさい」

 頼む。そうしてくれ。