文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

Re 白菜(哲ロマ)

何曜日だ。


「何曜日だ」
声に出して言ってみた。
とくに意味はないが、なんとなく、一人で居るこの部屋で、起きてすぐ、思ったことを声に出して言ってみた。
想像以上に小っ恥ずかしい。なんでセリフ口調なんだ。小っ恥ずかしい。小っ恥ずかしさからほんのり鳥肌が立ち、十分残っていたはずの二度寝に必要な眠気が失われた。

テレビを点ける。

朝の情報番組。日替わりコメンテーターは水曜担当の早口で時々声が裏返るどんな話題でも決まってひねくれたコメントをしてそれがべつに目から鱗の鋭いものでもない話始めが必ず「や、うーん、、」でしかめっ面をして使いもしないボールペンをパタパタと指で動かす鬱陶しいババアだった。

水曜日だ。

早口の鬱陶しいババアは今日も、どっかの水族館でカワウソと握手が出来るという、かわいい以外のコメントは許されない話題の後に
「や、うーん、、」とボールペンをパタパタとやっていた。鬱陶しい。
まあでもさ、早口の鬱陶しいババアのおかげで水曜日だと判明したのだから、早口の鬱陶しいババアに感謝しなければならない。
番組名のハッシュタグを付けて送ると、画面の下につぶやきが流れるシステムのようなので、それならばと、スマートフォンを手に取り、番組名のハッシュタグを付けて送った。
『早口の鬱陶しいババアありがとう #朝ダネ』
これホントに流れんだべか、と疑う暇もなくすぐ画面下に
『早口の鬱陶しいババアありがとう #朝ダネ』
と流れたのでほんのり鳥肌が立ち、まだ少しだけ残っていた二度寝に必要な眠気が完全に失われた。

冷蔵庫を開ける。

中には発泡酒が一本とマーガリン、マヨネーズと福神漬け、白菜が二つにエクレアが一個入っていた。
「白菜どうすっかな」
これは無意識で声に出して言っていた。
実家からなんの予告も無しに送られて来たカットされていない、まるごとのデカい白菜、それも二つ。小さい冷蔵庫の仕切板を上に押し上げてぎゅうぎゅうに入っている。エクレアが怯えている。
冷蔵庫の冷気を数秒顔に浴びた後、怯えるエクレアを救い出し、もやしの袋を開ける時には絶対に見せない優しさで、そっと、優しく、エクレアの袋を開けた。

かじる。

カスタードクリームが後方からぶちゃっと破け出る。お決まりの事なので慌てない。予め手のひらをエクレアの下に広げている。手のひらにカスタードクリームが落ちる。舐める。
初めてエクレアを食べる人以外、二度目からのエクレアは全ての人間がこの手順で食べる。全ての人間が最後、手のひらのカスタードクリームを舐める。ボブディランだって、キースリチャーズだって、ジローラモだって。

白菜どうすっかな、と今度は声に出さず思いながら手を洗い、水道水をコップ一杯飲み終えると、エクレアに仕込まれていた睡眠薬が効いて来たらしくそのまま台所に倒れそうな程眠くなった。
やる事は何かあるか、何も無いか、いや無いわけはない、やる事は山積みだ。山積みのやる事を一つ二つ思い出して、どうせ今から支度しても銀行も役所も閉まるしな。と、秒で諦め、誰に悪気を感じたのかは知らないが、台所のテーブルの上に散らかったマンションやらピザ屋やら地域のお知らせやらのチラシと『重要なお知らせ』と赤い字で書かれたなんかの封筒を集めて、トントン、と綺麗に揃えてテーブルの隅に置き、手っ取り早く罪悪感を消してから、寝た。

何時だ。

点けっぱなしのテレビを見る。

何回再放送してんだこのドラマ。

冷蔵庫を開ける。

エクレアと、水道水しか口にしていないな、腹が減ったな、ハラヘリ、ハラペーニョ、白菜どうすっかな、はくさーいはどーしたー、昔サザエさんの次ってキテレツだったな、キテレツやる前ってなんだっけ、世界名作劇場は何時だっけか。
冷気を顔に浴びながら思う。
福神漬けを取り出しテーブルに置く。座る。マンションのチラシを手にとって見る、いや見ない、放る。テーブルの上を指で叩く。タタタッタタタッタタタッタタタッ馬の走る音みたいに叩く。
一個一個の動きも思考も、テキトーで意味が無くなっている。
まだ眠ろうと思えば眠れるこの眠気のせいだ。

とりあえず飯を食ったら外へ行こう。

今日初めての計画を立てると、テキトーな動きが徐々に意味のある動きになって来た。
鍋に水を入れ火にかけ、レンジで温めるごはんを棚から取り出し皿を出し、スプーンを出して鼻をかむ。
目的に向かってきびきびと動き出す。やっぱり、夢を持つという事はとても大事な事なんだ、そう思えた。
鍋の水が沸騰するまで待つ。椅子に座り、なんとなくスマートフォンを見た。
新着メールが一件。母親だ。

件名:白菜
本文:白菜、届いた?

沸騰したお湯に銀色の袋を、お湯が跳ねないようにするりと鍋に滑らすように入れ、電子レンジをスタートしてまた椅子に座った。

件名:Re:白菜
本文:届いたよ、ありがとう。助かります。

電子レンジが温め終わったと鳴る。立ち上がって沸騰したお湯にぶくぶくとやられている銀色の袋を少し眺めてから火を止める。ごはんを容器から皿に移してスプーンでほぐす。鍋から銀色の袋を指で取り出す。
熱い。とても熱い。まだ眠ろうと思えば眠れるぐらいだった頑固でしつこいこびりついた眠気が完全に飛んだ。
もやし以上エクレア未満の優しさで熱い銀色の袋を開け、皿のごはんの横にトロトロとかけてまた椅子に座る。

白菜どうすっかな

全力の芝居掛かったセリフ口調で声に出して言ってみた後、ほんのり鳥肌が立つ。
あとで電話しよう。
今日二つ目の計画を立てると、振り返って洗剤とまな板が並んだ流しの上の小さい窓を見た。思わず鼻で笑ってしまう程眩しい。

いただきます。

西日が強く差す台所、温めるより速いスピードでレトルトのカレーを食った。