文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

スナック青い鳥(伊勢崎おかめ)

今夜は雨降りだからかお客さんが来ないねぇ、アケミちゃん。ちょいと灰皿取ってくれるかい?あぁ、悪いねぇ。しばらくお客さんも来なさそうだし、アタシの昔話でもしようか。

 

アタシんち、父ちゃんが酒乱でろくに働きもしないから、母ちゃんが内職してアタシら子供を食べさてくれてたんだけどさ、学費なんかとてもじゃないけど払えないからさ、弟らを学校に行かせるためにアタシは16の頃からこの世界に入ったワケ。働き始めてしばらくして好きなオトコができたんだけど、奥さんがいてさ…アタシが妊娠したら「堕ろしてくれ。別れよう」って。あんなに「妻とは別れる」って言ってたのにさ。

 

結局、家で産んでさ、でも、どうしようもないから福祉の人が来て施設に引き取られて。そりゃあかわいい女の子だったよ。たまの面会でしか会えなかったし、1歳半でどこかの家族の養女になって以来会えてないんだけど、今でもその子の写真は、肌身離さずつけてるこのロケットに入れてんだ。

 

その3年後に結婚したオトコも酒乱で、ろくに仕事もしないでさ、それでも好きだったからアタシが食べさせてたの。ホント父ちゃんとそっくりだよ。オンナは父親に似たオトコを好きになるってよく言ったもんだよねぇ。ボロアパートでそいつと息子と3人で暮らしてたんだ。テーブルも買えなくて、拾ってきたりんごの木箱を食卓代わりにしてたっけね。ある日、仕事から帰ったら、その木箱に置き手紙があってさ、「好きな女ができた」って。そいつ、荷物まとめて出て行きやがったのさ。アタシのなけなしのタンス預金も持ってっちゃってさ。

 

そりゃあ女手一つで子育てしてきたから、辛いこともいっぱいあったよ。今じゃ「シングルマザー」なんてカッコイイ呼び方があるけど、昔は「母子家庭」つって白い目で見られて。あぁゴメン、泣いてるんじゃないよ、バカだねぇ、アケミちゃん、ハンカチはしまっとくれよ。アタシもほんとバカでさ、その次にまた別のオトコに惚れちまったの。もう結婚はコリゴリだなって思ってたから、一緒には暮らしてたけど籍は入れず。事実婚?ってやつだね。でもアタシのことをほんとの奥さんみたいに扱ってくれたさ。二人で一緒に友人の結婚式や葬儀にも出席したりしてね。「一緒の墓に入ろうな」ってずっと言ってくれて。「いつかこの人と結婚できたら」…いつしか心の中でそう夢見てる自分がいたのさ。だけど、そいつもある日突然、「そういうことだから、ゴメン…」って出てっちゃって。しばらくしてウンと年下の女と結婚したって風の便りに聞いてさ。アタシは何だったの?アタシのこと奥さんとして扱ってくれてたじゃない?このときばっかりは死にたいと思ったよ。

 

まぁ…いろんなオトコに出会ったけど、アタシの見る目がないのが一番ダメなんだよね。もうアタシ、泣かないからね。アケミちゃん、ハンカチありがと。息子は静岡で漁師になってて頼れないしさ、もしアタシがダメになったら、アンタにこの店譲ろうと思ってるからさ、よろしく頼むよ。

 

(カランコロン)「あら、純ちゃん、いらっしゃい!アンタが今日初めてのお客さんだよ。さあ入った入った!アケミちゃん、純ちゃん濡れネズミになってっからさ、タオル持ってきてやって。純ちゃん、いつものやつでいいかい?」

 

・・・この時アケミは、まだ知る由もなかった。幼いころに生き別れた実の母と、ママの名前が同じであることを。

(完)