文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

16/101(xissa)

 

引き返し時を見失ってさらに右折


道に迷った。車で、3時間もあれば一周できるような島で、だ。飛行機を降りてすぐ借りた古いレンタカーのカーナビは出発早々固まり、ラジオも鳴らなかった。

四方を海に囲まれた島のはずなのになぜか鬱蒼とした雑木林の中を走っている。木と木の間に見えるタイヤの跡をひたすらたどってここまで来た。度も引き返そうと考えたが車を回せるような場所がなかった。さっきようやくなんとかなりそうな場所を見つけてバックしたが、なんか擦ったような嫌な音がしてくじけた。


どうやらこのボロ車は海に囲まれた島の、小高い丘の上を走っているらしかった。

島の向こうに行くのはこの道が一番近いのだろう。最後に見た矢印は多分間違ってない。ただ、ものすごく不安で、ものすごく走りにくい。

車を止めた。エンジンを切ると静かになった。

人の気配がしない島だった。家はあったが人がいなかった。昼過ぎだったのでみんな漁に出ていたのかもしれない。犬すらいなかった。当然だがここにも人気はない。車を降りるとむっとした空気が纏わりついた。タイヤの跡を眺める。この先が車庫とかだったら目も当てられない、と思いながら車に乗り込みエンジンをかけた。


唐突に視界が開けた。アスファルトの道がある。ようやくケモノ道を抜けたらしい。 景色が俄然町っぽくなってきた。運転にはもううんざりで、早く宿に着きたかった。

「すみません。波内荘、という旅館に行きたいのですが」

橋のたもとを歩いていた女性をつかまえて久しぶりの声を張ると、夕方の強いひかりに照らされた濃い化粧の顔が振り向いた。

「波内荘? ああ、うちのお店の近くだわね」

あらいい男、と覗き込んだ彼女はいきなり助手席のドアを開け荷物をどかし乗り込んで来た。すぐ近くよ。教えたげるから、乗せて行ってよ。

潮に焼けたのか酒に焼けたのかわからないしょっぱい声で彼女は言った。車が傾きそうにどっしりと座りあっというまにシートベルトも締めた。化粧の匂いがすごい。

「この道をまっすぐね」


突然でかくて赤い花が咲いたようだった。彼女はヒロコさん。島で生まれて島で育って漁師相手のカラオケスナックをやっているらしい。ひとしきり自分のことを喋ると彼女は細い通りを指差した。そこ、曲がって。で、あなたは?

なんとも言いようがなかったので空港から山を越えてここまで来た話をした。

まあ間違いじゃないけどとんでもないところを通ってきたわね、とヒロコさんは笑った。波内荘、夕飯ついてないでしょ。うちに来なさいよ、そこ、メロディーっていうお店よ。待ってるから。


すっかり脂っ気の抜けた木の板に、波内荘、と書いてあった。ヒロコさんを降ろし、車を横の駐車場に止め、チェックインした。看板と同じくらい脂っ気の抜けたおじいさんが出てきて鍵を出してくれた。風呂は夜の10時まで。ランプがついてるときは人がはいってるから、消えてる時に入ってください、と帳場の横の赤いパイロットランプを指差した。

南京錠で戸締りするタイプの納屋みたいな部屋だった。窓の外に建物が貼りついていて薄暗い。ひもを引っ張って蛍光灯をつけると六畳の真ん中に布団がすでに敷いてあった。身体を放り出す。じっとりと湿った布団の上で動けなくなった。風呂はいらなきゃ、でもちょっと横になってから、10分だけ、汗だらけだし、顔だけでも、ああ、なんか、なんか飲みたい。

気がついたら朝の6時前だった。

記憶があわてて昨日と今日をつなげている。着ているシャツがべたべたで気持ち悪い。夕飯食べはぐった。水が飲みたい。電気は点けっぱなしで、投げ出した荷物も昨日のままだった。


とりあえず顔を洗い、一晩気を失っただけの波内荘を引き上げる。

早い時間にもかかわらずおじいさんは出てきてくれた。

あんた、昨日、風呂入らんかっただろ、とパイロットランプをちらっと見ながら言った。

この先に銭湯があるから、行きなさい。

十字架みたいに線を二本引いた地図をもらった。車を出す。シャッターの降りたカラオケスナックメロディーの前をゆっくりと通り過ぎた。風呂に行こう。そして今日一日この島で僕は、あるかどうかもわからない墓を探すのだ。