文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

ヤギのキンタマと世界平和(伊勢崎おかめ)

高校1年生のとき、アメリカのバーモント州にある学校に語学留学していた。授業が休みだったとある土曜日、カナダのケベック州に遊びに行くことになった。カナダといっても、バーモント州の北部とケベック州の南部は国境を挟んで隣接しており、バスで数時間時もあれば行くことができる。隣接しているとはいえ、外国に行くことになるので、検問所のようなところでパスポートのチェックがあった。

 

ケベックの公用語はフランス語のみである。ケベックに入ったとたん、看板などの表記がフランス語になったので、「外国に来た」感が強くなった。歴史地区や旧跡などをまわった後、「シタデル」という要塞に行った。上空から見ると星形をしているようであるが、地上から見る限りはわからなかった(シタデルの詳しい説明や歴史については、Wikipediaをご参照いただきたい)。

 

シタデルに行った目的は、衛兵交代を見ることだった。黒くて毛のふさふさした長い帽子に赤い制服、そして、細見の銃を構えた衛兵の姿を一度は何かでご覧になったことがあると思う。その衛兵らがずらりと並び、一糸乱れることなく行進し、交代する儀式。それが衛兵交代である。それまで写真やテレビなどでしか見たことがなかった衛兵たちの機敏な動きと物々しい雰囲気に圧倒され、私は緊張していた。

 

衛兵のひとりが、1匹のヤギを連れていた。大きなツノを生やした、立派な白いヤギだった。そのヤギが私の前を通過し、うしろ姿が見えたときに驚いた。ヤギのキンタマが異様にでかいのである。映画『酔拳』における、ジャッキー・チェンの師匠が持っているひょうたん水筒より一回り小さいくらいのサイズおよび形、といえばイメージがわきやすいであろうか。それまで、動物のキンタマといえば、飼い犬のエルちゃん(オスの柴犬)のかわいらしいキンタマしか見たことがなかった私は、度肝を抜かれた。そして、こらえきれずに一緒にいた友達とゲラゲラ笑った。「見た?あのヤギ、めっちゃキンタマでかいやん」、と。そうしていると、私の右側に立っていた、ティアドロップ型の眼鏡をかけ、ウェイビーな金髪をした、30代半ばほどのあか抜けない感じの白人女性が、左ひじで私の右腕をツンツンしながらヤギの方を指さして、イッヒッヒッヒと笑った。そして、私たちは一緒に笑いあった。

 

たとえ言葉が通じなくとも、人種が違っても、年齢が違っても、おもしろいと思ったことを一緒に笑いあえば、心は通じるのだ。世界平和のために、各国の首脳陣は、あーだこーだと堅苦しい会談をするよりも、一緒におもしろいこと、楽しいことをして笑い合えば、心をひとつにできるはずだ。ひいては、それが世界平和につながるのではなかろうか。首脳陣でなくとも、われわれ一市民が、草の根レベルで世界の人たちとそういった交流をしていけば、「争いなんてバカらしいね」と、世界はもっと平和になっていくはずだ。

 

心に国境はない。そう気づかせてくれた、あのキンタマのでかいヤギには感謝したい。ありがとう、あの時のヤギ。あなたの子孫が(いるかどうかは不明であるが)、この先ずっと繁栄していけるような平和な未来を目指して、私たち地球人も頑張っていきたい。