文芸ヌー

まもるべきものはなにもない。文芸ヌー。

自分でやる(哲ロマ)

とんかつ、それは揚げ物。ご飯にとても合う物。

 
とんかつ屋さんでは「ご飯おかわり自由」という素晴らしい自由を与えてくれるところが多い。ご飯にとても合うのだからおかわりはしたくなる。そのおかわりが自由、素晴らしい。おかわりが不自由ならもう、とんかつなんて揚げ物じゃない、煮物だ。それぐらいとんかつ屋さんのご飯おかわり自由は素晴らしい。
 
がしかし、お茶碗が小さい。
 
ロースとんかつ一切れが攻めて来た場合、その小さいお茶碗から守りに駆り出されるご飯はもう下手すりゃ半分以上必要なわけで、一気に守りが手薄、ごはん軍兵力を失う。一切れで早くもピンチ、おかわりが必要だ。
でも大丈夫、落ち着いてほしい、安心してほしい、おかわりは自由なのだから、ガンガンいこうぜ。
 
がしかし、シャイ。
 
こんな大飯食らいのくせにシャイなので、店員さんを呼び「ごはんおかわりください」がなかなか言いにくい。一回のおかわりならまだしも、ロースとんかつ一切れで小さいお茶碗半分という事は二切れで一杯目が無くなるわけで、ロースとんかつは何切れだろうか、5、6分割ぐらいされているだろうか、そうなると単純に計算して三杯、プラス味噌汁やあの棒状のたくわんみたいなやつとか、あと、たまに良い感じでとんかつソースがかかったキャベツとか、それらとんかつ外からの攻めでもう一、二杯分やられたりするわけで、そうなると三回も四回も店員さんを呼ばなければいけないんシャイ。恥ずかしいんシャイ。困ったんシャイ。
一回目ぐらいは平気なのだが二回三回目となると言いにくい。願わくば店員さんの方から
「ごはんおかわりいかがですか」
聞いてもらいたい。そうすれば、え、この店ご飯おかわり自由なんだ、へー、みたいなわざとらしいキョトンとした表情を一瞬作ってから、じゃあ、せっかくなので、ください。となる。シャイでもいける。いや、まて、でもそれを二回も三回もやるのか
「ごはんおかわりいかがですか」
え、この店何回もご飯おかわりしていいんだ、へー、じゃあ、せっかくなので、ください。キョトンとした表情を何回もやるのか。ぶん殴りたくなるだろうな。
 
じゃあどうすれば良いのか、この素晴らしい自由を使えない不自由。
「じゃあどうすれば良いのかこの素晴らしい自由を使えない不自由」
なんだこのすごく良い歌詞は、アルバムの11曲目に出て来たら泣いてしまう。
そんな泣き虫腹ペコシャイシャイジャパニーズのメンバーはもう行きつけのとんかつ屋さんに米持って行けば良い。ボトルキープのノリで米キープしてもらえば良い。うち、お義兄さんの実家米農家だから米たまに送られてくるしね。そうすればもう、キョトンとした顔やらなくて良いしね、店員さんにもぶん殴られないしね、それで解決ね。
 
がしかし、そんなの非現実的。
 
答えは分かっていた。だけどちょっと夢見たかった。文字数多くしたかった。
とどのつまりセルフサービスが良い。とどのつまりってなに。とどのつまりってなんだろう。「あ」付けてみて面白いから
「とどのあつまり」
とどのあつまりセルフサービス。なにそれかわいい。
そう、セルフサービスで良いのだ。でっかい炊飯器どーん置いてあるのが良い。氷水入ってるしゃもじ入れが良い。トドみたいな奴が集まるおかわり処が良い。ごめんなさい、言い過ぎた、とどのあつまりのせいで言い過ぎた。
自分でやる。この素晴らしい自由は自分の手で掴み取る。手で掴み取っちゃダメ、しゃもじですくい取る。
ちゃんと綺麗に使うから、よそったやつは綺麗に食べるから、ご飯粒残さないから、肘つかないで食べるからよそ見しないから、なんなら米持って行くから。セルフサービスご飯おかわり自由をもっと増やしてほしい。とどのつまりそういう事。
でも、タッチパネルの端末で注文する居酒屋、あれは嫌いなんだ。やっぱり人と人との繋がり助け合い、キョトンとした顔の騙し合い、頼んでいないカシスウーロンと頼んだはずのウーロンハイ、それが一番大事だね、とどのつまり。
 
がしかし、シャイ。