文芸ヌー

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書き出し自選・義ん母の5作品(義ん母)

このたびは「書き出し小説大賞」単行本第2弾決定おめでとうございます。
「書き出し自選」第四回目を担当させて頂く義ん母と申します。
義ん母とは何であろうか。
「義母」と一度打ち込み、その谷間にカーソルを這わせては「ん」を挿入する極めて卑猥な作業を強いる名である。頑張れば「よしんば」とも読めるが「ぎんぼ」だ。
じゃあ「ぎんぼ」とは何だ。早速検索せねばならぬ。

「ぎんぼをいただいたので、ツナ缶とあわせて煮びたしにしました。めんつゆで簡単!」

クックパッドで上のように言われている。恐ろしい。
うかうかしていれば、めんつゆとツナ缶を携えた主婦どもに煮びたされてしまう。
早速、自選を紹介しなければならぬ。
そして3行目から突如武士のようになった文体を戻さねばならぬ。

 

 

 

喪服に袖を通せば、卓上のカップに喪汁が注がれる。
珈琲のように黒く、珈琲のように、苦い。
(書き出し小説大賞 第41回)

 

 

共犯文学たるもの喪汁の語を置くだけで終わってはなりません。
したがって二文目で「喪汁」の解釈に余白を。
本当に「喪汁」なる奇天烈な飲み物があるのか、或は死を受け入れきれず、珈琲すら
別の語に置き換えて、現実の圏外へ向かおうとするそんな心象を「喪汁」に込めたのか。
そんな主体を自ら放棄しようとする書き手の自己喪失感を見出すことが出来ます。
後半、急に『みんなの短歌 一般部門 男性(37歳)』へ寄せられた歌人からのコメントのようになってしまった。一度、追い出してから次に臨もう。

 

 

 


ふいに天井から桃色が落ちてきたかと思えば、次々に。
老婆は拾い上げ、すんと嗅いだ。「初午の垂れ豚だ。鍋さ、借りいぐど。」
(書き出し小説大賞 第32回)

 

採用作の中で最も気に入っております。
「いぐど」と言われているあたり書き手は誘われていますね。
俺、絶対イヤなわけ。天井から滲み出た豚肉食べるの。
しかも鍋すら持っていないわけじゃん。でも、ママとか作っちゃうわけ。
「垂れ豚の甘辛煮込み」とか(笑)。それをさ、なんていうの「ママなにこれー」とか言いながら食べるわけじゃん。で、ママが言うわけ。「甘くて辛いんだって」。他人言かよ、みたいな(笑)。先ほどは歌人であったが、今回は後半から完全にヒロミに乗っ取られてしまった。致し方ない。『書き出し小説』は冒頭のみの作品である。次の文を奪う権利は誰にでもあるのだ。ヒロミには一度、トライアスロンに向かってもらうことにして先を急ごう。

 

 


叫びたい夜なんてない。ぜんぶ叫んできた。
(書き出し小説大賞 第77回)

 

内容に合わせて漢字の配分を改めることが多々ある。
本作は心情の吐露に近いため、より剥き出しの感覚をビジュアルでも表現したかった。
「ぜんぶ」を「全部」にしてしまえば、無機質な印象が強まり、採用頂けなかったかもしれない。今しがたもこうして本稿を書いている途中に2時間後締め切りの仕事が入ったために、咆哮したばかりである。本当に先を急ごう。

 

 

 

「今の精子ん中、医者になれる奴おったんちゃうか」おるわけないやろ。
そや、今日髪切らな。
(書き出し小説大賞 第72回 規定部門・「大阪」)

 

「精子ん中」の「ん」を以ってリアリティを出したかったのです。
義ん母はまだ義母の谷間への挿入であったが、今回は阿呆な関西男が発射したばかりの「精子」のにカーソルを這わせたのでやるせない。二文目から始まる女の投げやりな雰囲気はこの作業によって導かれたものである。カーソルがベトつく。先を急がな。

 

 

 

木目に睨まれた妻は怯え、それを笑う息子の頬は叩けなかった。
(書き出し小説大賞 第48回 規定部門・「鬱」)

 

「叩けなかった。」つまるところ書き手は息子の無垢な残酷さが裁けない。
愛で愛を洗えない閉塞感の暗喩こそ、妻を睥睨する木目となるわけなんだけどさ。俺、そういう時は、変に深刻になるよりかはさ、ぜんぜん笑っちゃっていいと思うわけ。一緒に「ママ、変だねー」とか言ってさ。家族全員で暗くなるより、絶対そっちの方がママのためにもなると思うんだよね。別にこれが正解ってワケじゃないだろうけど。
トライアスロンに向かったヒロミがしっかり3作品目で帰ってきてしまったため、最終的に木目に怯える妻が伊予の天然エピソードにすり替わってしまったが、これにて書き出し自選は終了でございます。

 

 

ちなみに最初に作品が採用されのは2013年5月1日。

二駅はなれたTSUTAYAで、映画を借りた。来週の予定が一つできた。
(書き出し樟眤臂�18回 規定部門・「無職」)

本当に無職でございました。あれから3年。職に就いております。感慨深い限りです。
「2時間後締め切りの仕事」が途中に入った気がしますが、感慨深い限りです。