文芸ヌー

まもるべきものはなにもない。文芸ヌー。

まがいもの(小夜子)

若い祖父母の隣にわたしの顔をした女が立っている。
 ずいぶん昔にしまい込んだものを探すため、あっちだこっちだと箪笥を引っ掻きまわしているとアルバムが一冊まぎれて出てきた。革張りの立派な装丁だったが、埃をかぶってしなしなとカビ臭く、ひと目みて古いものだとわかった。
 持ちあげてみるとずっしりと重い。
 これは母の歴史に違いない。見合い写真なんかが入っていたら持っていって笑ってやろうと思いながら開いてみると、若い男と女がモノクロで現れた。余白には祖父と祖母の名前と、19××……と撮影日が記されている。母どころではない、それより昔の、祖父と祖母の歴史だった。
 終戦間近を生きたふたりの生まれや家系は複雑で未だに理解できない部分も多く、またふたりともあまり話したがらなかった。わたしの曽祖父、曾祖母にあたるひとたちの話は彼らの口から一度も語られたことはなかったし、兄弟がいるかどうかすらわからなかった。彼らは切り取られた一個人の祖父と祖母としてわたしのなかに存在し、その地続きの存在を匂わせることすらしなかった。
 祖父母のしらない一面を覗き見ているような気になって、わたしは次々にページを捲った。俯きながらそろばんを弾いている祖父、ドレスを着て気取った顔の祖母、自宅の玄関で並んで立っているふたり、といった具合に大方が祖父母の日常的な姿ばかりで、たまに幼い母や伯父の様子がかいま見えるだけだった。
 もっと別の、ふたりの親類が写っているような写真、例えば結婚式なんかの写真はないものかと思っていると、終わりから三ページめにその女は突然現れた。
 どこかしらない玄関先で、スーツの祖父とワンピースの祖母、そして着物のその女。姿勢正しく背筋を伸ばした三人がこちらを見つめて立っている。
 こんな写真いつ撮ったっけ? 一瞬考えてしまったほど、その女の顔はわたしに似ていた。正しく言えば、わたしがその女の顔に似ていた。そう気がつくと全身が粟立った。
 いままでの写真と同様、余白には被写体たちの名前と撮影日が記されていて、祖父母の名前の隣に 「××子」という名前が並んでいた。この「××子」という名前の彼女は祖父母どちらかの姉妹かなにかだろうか。はたまた友人だろうか。
 自分そっくりな彼女から目を剥がすようにページを捲ると、ようやくふたりの親類らしきひとたちが大勢写った写真が現れだした。当たり前だが、やはりふたりにも親類はいたのだった。
 収まったたくさんのひとたちは祖父の苗字の××家、祖母の元の苗字の○○家、といった具合にまとめられ、個人個人の名前は記されていず、誰が誰かはわからなかったが、「××子」もふたりどちらかの親類としてそこに存在していた。遠いとはいえ血の繋がった人物であるだろうことにわたしはなんとなく安堵した。写っているどの写真でも彼女はわたしとそっくりな顔をしていて、それは生まれるまえからわたしが祖父母の傍にいたような錯覚すら起こさせた。
 ところがある年を境に彼女はぱったりと写真から姿を消した。その後もアルバムには祖父母の親類を写した写真は収められていて、両家親族勢揃い、とまで記された写真も数枚あったのに、彼女はそのどれにも顔を出してはいなかった。
 彼女が最後に写っているのは伯父が生まれる数年前の正月写真で、恥ずかしげに口を結んでこちらを見ている、彼女ひとりのものだった。
 友人に不意の瞬間撮られたようなその顔が、まさにわたしが友人に不意をつかれたときの顔と重なった。纏った雰囲気から目鼻立ち、不満気な表情までが見慣れたものに酷似していて、思わず何度も記された撮影日と名前を見かえした。19××、正月、××子。

 結局わたしはそのアルバムを見つけたことすら告げずに再び箪笥のなかに眠らせた。親類の話に消極的だった祖父母に根掘り葉掘り昔のことを聞くのは気が引けたし、何より彼女のことを聞くのが怖かった。彼女はいったい誰で、どんな人物で、なぜ急に写真からいなくなったのか、聞くのが怖かった。
 あれから数年経った今でもわたしは何もしらないでいる。写真を再び見ようとも思わないし、祖父母に尋ねてみようとも思わない。むしろ本当にそんな写真があったのかどうか、「××子」なる彼女が本当に存在していたのかどうかすら渺茫とし始めている。
 ただひとつ、歳を重ねるにつれ、鏡に映る自分の顔が記憶のなかの彼女にますます似ていくような気がしてならないことだけは確かだった。