文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

空瓶(suzukishika)

 ガムテープの貼りめぐらしかたですぐにあの人からの荷物だとわかった。箱の天面、側面、底面を隙間なく切れ目なく何重にも繭のように覆い尽くしそれ自身で一定のクッション性を獲得していた。まったく理に適っている。さすがあの人だなあと思う。
 端っこからゆっくり丁寧に繭を剥いだら一巻きのガムテープができた。想像していた通り箱はダンボール製だったが、想像していたよりも小ぶりだった。箱を開けると一本の空瓶が入っていた。「空瓶」と書かれたラベルが貼られていたのですぐにわかったのだった。箱の中にはそれだけだった。爽やかな香りがした。
 曲面が手になじむ。ひんやりとして心地よい。重心は分厚い底のほうにある。落とさないようにそっと机の上に置いてみる。無色透明な空瓶に部屋の闇がべったりと透ける。ひとりには広すぎる真っ黒な空間が続く。
 やや細くなった口のあたりをひょいと持ち上げて軽く振ってみる。音もしなければ中で何かが動くような感触もない。あたりまえである。逆さにしてみる。中からは何も出てこない。あたりまえである。
 片目をつぶり逆さにした口から中を覗き込むと、突然、真っ青な空が広がった。声が出そうになった。すべての光を飲み込んでしまう黒だけの空間にあって、まるで光そのもののような空の青。それはずいぶん長いあいだ目にしていなかった色だった。いや、そもそも目にしたことがいままでいちどでもあったのだろうか。
 鼻から思い切り息を吸い込む。止める。頭がぐんぐん冴えてくる。あの人のことを考える。まだ会ったことのないあの人のことを考える。あの人が送ってきてくれた空瓶を覗き込みながら、どこまでも青い空を覗き込みながら、あの人が見ている空のことを考える。
 空瓶を机に置くと、真っ黒な時間が再びやってくる。いっそ目を閉じてしまおうかと思う。閉じられない。閉じるほうがつらい。
 ガムテープを空瓶に巻く。底のほうからすこしずつ、ぐるぐるぐるぐる貼りめぐらす。空瓶の首のあたりを右手でつかんで、その上からさらに巻く。手首まで巻く。何重にも巻く。大きな繭が右手にがっちりと固定されているのを確認する。重心は先のほうにある。
 ドアのそばに立つ。華奢な錠がひとつ。足を肩幅に開いて、右手を高く高く高く上げて、振り下ろす。