文芸ヌー

生活に負担のないブンガクを。 文芸ヌー

靴下(もんぜん)

床に落ちた靴下から彼の声が聞こえた。

彼の部屋には私の理解を超えた変なモノがたくさん並んでいる。魚の形に曲がったハモニカ。花が挿してあるスピドのLだけが集められたトレイ。ム機のコントロラがつながったトスタタイヤが付いたパソコン。

一緒に住み始めてから、私は彼の部屋で彼とダラダラするのが好きだった。普段無口だった彼は変なモノの説明をするときだけおしゃべりになる。その時だけ私が聞き役にまわる。

彼は一年前に病気を宣告され、半年前にあっけなくこの世からいなくなってしまった。私はずっと彼の部屋を片付けることが出来なかった。そのことが私を毎日傷つけた。耐え切れなくなった私は今日初めて一人で彼の部屋に入った。

パンパンに膨らんだゴミ袋がどんどん増えて行く。そして、それを部屋の外に出そうとしたとき、ゴミ袋からこぼれ落ちた靴下を踏んだ。

「乾燥剤って、燃えるゴミか燃えないゴミか迷うよね」

聞きなれた声。彼の声ではっきりとそう聞こえた。意味が分からなかった。おそるおそるもう一度靴下を踏んでみる。

「掃除機から逃げ続ける大きなホコリってかわいい」

違うことを言った。どうなっているのだろう? 私は靴下を拾って、中を確かめる。何も入っていない。どこからどう見ても普通の靴下だ。でもその靴下は踏むたびに言うことが変わる。

「カレを作った鍋を洗うのが辛い」
「湯船からお湯をあふれさせたい自分もいるんだ」
「混ぜるな危険と書いてある洗剤って、混ぜなくても結構危険だよね」

どうしてだろう? 生活感にあふれたコメントばかりだ。ずっと聞いていたら、乾燥剤のコメントに戻って二周目に突入した。仕組みは分からないけど、彼が靴下に録音したのかな? そう思った私は他の靴下を探して、夢中で踏んだ。どの靴下からも彼の声が聞こえてくる。そして私がプレゼントした青と白のボ柄の靴下からは、こんな声が聞こえてきた。

「僕は君の靴下になりたいんだ。結婚しよう」

何これ? 靴下経由で靴下に絡めたプロポズを何故今聞かなければいけないの?
そもそも君の靴下って何? 何なの?

私は靴下を全て持ち出して、自分の部屋に並べた。それから一ヶ月、まだ彼の部屋を片付けられていない。