文芸ヌー

まもるべきものはなにもない。文芸ヌー。

当時の私 (天久聖一)

煙突のない私の家に、サンタクロースはいつ、どのように訪問したのか?
クリスマスイブの翌朝、当時五歳の私は、内容的にはそのような質問を母にした。

「朝方かなあ、玄関でお母さんにこれ渡して帰っていったわ」
「ほんだら、お母さん見たん?」
「見たで」
「どんな顔やったん?」
「それより早よ、開けてみな」

母は私の追求をかわし、逆にプレゼントの開封を迫った。
赤と緑の包装紙の、裂け目から現れたのは、念願の仮面ライダーV3変身ベルトだった。
何週間も前からオモチャ屋のチラシを見比べ、検討に検討を重ねた末の発注だった。

要望通りの品を手にした歓びに、私は飛び上がって歓声を上げた。
やがて興奮が鎮まるのと入れ替わるように、サンタへの感謝の念が沸いた。
ぜひ、本人に直接礼を言いたかった。

「なんで上がってもらわんかったん!」

私は母に詰め寄った。
頭には鮮明に、まだ暗い冬の朝、白い息を吐きながら玄関に立つ、サンタが浮かんでいた。

「ほかにもまだ、回る家があるいうとったから」

充分に納得のいく答えだった。が、簡単には引き下がれない気持ちもあった。

それにしても、朝方訪問があったということは、私の順番は最後の方であり、すでに終業の目処はついていたのではないか?
それなら少しの間引き留め、お茶を飲んでもらうことくらい可能だったのではないか?
なにより私自身が直接本人に礼を言い、労をねぎらいたかった。
当時五歳の私は、内容的にはそのようなことを母に訴えた。

台所にまでつきまとい、長々と言い募る私に業を煮やしたのか、振り返った母はおもむろに深刻な顔をつくって言った。

「ほなけどサンタさん、ガイジンやろ。畳が怖い言うて、上がってくれへんのや」

その発言を聞き入れる以前に、「外人は畳を怖がる」という予想だにしない情報が私を打ちのめした。

「ガイジンって、畳が怖いん?」
「そや、ガイジンが畳に上がるとビリビリ~~って感電するんやて!」

私の頭には鮮明に、感電によって明滅する、骸骨の透けたサンタクロースが浮かんだ。
それまで絵本やテレビから、勝手にイメージしていたサンタとは、まったく違うサンタ像が、私の中で立ち上がった。
新しいサンタは、朝方、玄関の冷たい三和土に立ち、こっそり荷物を渡すとそそくさと帰ってゆく、異国の老人だった。
それはファンタジーとは真逆の、死を怖れる存在であった。
怖れながらも、老体に鞭打ち、粛々と任務を果たす。
ことによると子供たちへのプレゼント配給も、なんらかの罰として科せられた一種の刑ではないだろうか……。


歓喜の興奮はすでに冷め切っていた。
再び朝食の支度に戻った母の背をみつめながら、当時五歳の私は内容的にはそのように思った。