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書き出し自選・紀野珍の5作品  (紀野珍)

「書き出し小説大賞」の常連が自身の掲載作品についてコメントする「書き出し自選」、第2回目を担当するのはわたくし、紀野珍です。「きのちん」と読みます。仮名表記名義でもいろいろやっています。以後お見知りおきを。

選ぶのは5本、と決めて採用作品リスト(つけていてよかった!)をチェックしたのですが、105本(2015/11/24現在)もあると読むのも絞り込むのも大変でした。この105本の陰には、少なく見積もっても10倍の没作品があり、書き出しだけとはいえ、よくもまあそれだけの本数を創作できたものだといまさら呆れ感心した次第です。

せっかくの機会なので、単行本に掲載されていない、書き出しイベントでも採られていない作品を中心に選んでみました。拙文を読んで、「これなら自分も参加できそう」と思ってくれる人がひとりでも現れますように。ではどうぞ。

 

「熱伝導率に気をつけろ!」と叫んでいたらしいが、そのときはほとんど聞き取れなかった。
(第23回・自由部門)

紀野珍の書き出し処女作です。このまえの回に凡コバ夫さん(作家の長嶋有氏)が掲載されたことで興味を持ち、数本投稿したらいきなり本採用(天久さんの選評も!)。これで「いける!」となり、まんまとハマってしまいました。ぶっちゃけると、過去22回ぶんの書き出し小説を読んで得た「傾向」を形にしただけの作品で、まるで自分の作風じゃないですね。発想が突飛で、もうこういうのは書けないだろうなあ。「熱伝導率」のネタ元は、前日に見た『所さんの目がテン!』です。

 

落花生の殻を強く握ると、部屋のどこかがみしりと音を立てた。
(第27回・自由部門)

清書後、読書家の知人に見せたところ大変に受けがよく、自信満々で投じたらみごと採用された、というエリート作品。ちゃんと書き出しっぽいし(当時はこの点にやたらとこだわっていた)、画が浮かぶし、措辞に無駄がないし、たしかによくできた作品だ……と思っていたのですが、いま読むと「の殻」は不要だな。削ろう。

 

「そん話、ちっとおがしぐねえが?」
声のしたほうを見上げると、祖父が逆さの状態で木を滑りおりてきた。
(第34回・自由部門)

これは取り上げなければなりますまい。単行本にも収録され、イベントでは賞までいただいた、現時点での紀野珍の代表作。じつは、これも過去の傾向から「天久さんはきっと方言ネタが好きに違いない」という計算を持って書かれた助平な作品だったりします。投稿コーナーであるかぎり、そういった対策は有効なんです。ただ、これは作文にかなり難儀し、載ったあと「書き直したい!」となったのをおぼえています。「の状態で」がくどい。格好悪い。

 

学生横綱は、かっこいいスニーカーを履いていた。
(第58回・規定部門 モチーフ:相撲)

おもしろいなあ……。手前味噌ですみません。自分がこれを書いたこと、すっかり忘れていました。このモチーフに対して「学生横綱」に行き着いた時点であるていど勝算はあったはずで、そこへ「かっこいい」なんておよそ非知的な形容を合わせるあたり、シンプルなようでかなり計算高く攻めた作品です。ちなみに、自由部門で〈夕まぐれの言問橋、浴衣の力士ふたりが、押した押してないで揉めていた。〉(第51回)、〈親方は物言いの手を挙げたまま気を失っている。〉(第64回)という作品が採用されているのですが、僕も天久さんも相撲ネタが好きみたいです。

 

欠伸をすると、祭り囃子がすこし遠ざかった。
(第79回・自由部門)

漢字表記の「紀野珍」は書き出し小説と俳句をやるときの名義(もとは俳号)で、この作品は〈欠伸して祭囃子の遠ざかる〉という俳句を作りかえたもの。書き出し小説と(自由律)俳句の類似はしばしば指摘されるところですが、自分は「句作用メモ」に書き出し小説のアイデアを求めることをよくしていました。句集もいいですね。ネタものでない、抒情的な作品の着想を得るのにおすすめです。

 

以上です。ご清覧ありがとうございました。