文芸ヌー

生活に負担の少ないブンガクを。 文芸ヌー

井沢

同じ素材でできた別の町(井沢)

町内にある「びよういん」の椅子に座る。椅子の上には子供の座高を調整するために大きな消しゴムのような革張りの台が乗せられていた。これ、嫌だな。こどもみたい。いつになったら皆と同じように普通に椅子に座れるのだろう。ただ椅子に座るだけのことなの…

書き出し自選・井沢の5作品(井沢)

「書き出し小説大賞」の作家が自身のオススメ作品を紹介する「書き出し自選」。第14回を担当いたします、井沢です。普段は語感だけで単語を転がして遊んだり、イラストを描いたりしています。 デイリーポータルZのいち読者だった私が書き出し小説大賞に投稿…

トシと鎧と豆まきと(井沢)

「お呼びしましたゲストは、今年、年ヨロイヅカでもある鎧塚トシ彦さんですどうぞ〜」「何ヨロイヅカもたいてい僕になりません?」「お集まりの皆さま、節分をもって暦は春!新しい一年の始まりです。さ、鎧塚さん、豆をどうぞ」「これはまた立派な純金の升…

ゴーストバスターズに置いていかれた(井沢)

ゴーストバスターズに置いていかれた。 「まだ早いと思って」小さい手にとぼけた白い幽霊が赤いシートベルトをして両手を広げたようなゴーストバスターズのバッジが手渡された。人生初の缶バッジ。これを見た瞬間はまだ嬉しかった。 お正月の我が家には親戚…

バンドを組めない人々(井沢)

頭上で生バンドの演奏音が聴こえてきた。青空の新宿三丁目は専門学校帰りの僕たち4人のラバーソールに踏まれる。普段ならそんな音は聞こえてこない界隈だが、今日は店のオーナーなりバンドメンバーなり誰かが窓を開けて演奏をすることにらした日らしい。 「…

気配(井沢)

録画の緑のランプを見ている。この家から誰もいなくなる時間を初めて経験している。留守だ。「ひとりで待ってるよ」と言ったのは自分からで、それが意外にもすんなり受け入れられ、降って湧いた初めてのお留守番だった。いつもは赤く光るランプが、今は緑色…

ヒップホップ文学(井沢)

被ったフードにサングラスの兄ちゃんが向かいの席に座った。ドクロの指輪を付けたほうの手に文庫本を開いている。電車は光のどけき午後、座席もやや空いている。何の前ぶれもなく、空いてるほうのいる手でヒップホップなキメ仕草を2、3ポーズキメた。目線…

そして誰もいなくならない(井沢)

7月、西伊豆のとあるキャンプ場。 砂浜も岩場もある緑色の海 。C字型の湾にかかる崖はそのまま背後の山脈に繋がっている。私が犯人ならうっかり重要なヒントになる過去の話をしそうな景色だ。砂浜から一段上がれば横に広いテントサイト。 昼間はのんびり絵な…

家族で帰宅

家族六人で外食から戻る。鍵を開け、時計を見て、誰かが「もうこんな時間か」と言う。「もう」と「こんな時間」の感覚は、20時半だと丁度良く、21時を回っていると「料理が出てくるの遅かったしね」などと振り返る具合。銘々部屋に戻っていく。祖父はスラッ…

聞けない遊びとにゃんぱらり(井沢)

ああ、私はいつかこれを忘れてしまう。その感覚だけが残っている。私はもうすぐこの出来事を忘れてしまう。日々に埋もれてもっと大きくなったらきっと全部消えてしまう。何なら涙さえ流した感覚もある。家の外だった気がする。人がいたような気がする。優し…